最後の大杉(内田魯庵)のあらすじ・登場人物
隣人が見た大杉栄の最期
- 文字数
- 11,587字
- 読了目安
- 約23分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
アナキスト・大杉栄が虐殺される、その最後の一月を同じ番地の隣人として過ごした内田魯庵の回想。乳母車を押す児煩悩の父としての素顔、震災下の日々、そして甘粕事件による非業の死を、幼い魔子の無邪気な言葉とともに静かに描き、末尾では巷に流れたスパイ説を冷静に退ける。
あらすじ
内田魯庵が、関東大震災の混乱のなかで憲兵に虐殺されたアナキスト・大杉栄の最後の日々を、たまたま同じ番地に住んだ隣人として回想する。フランスから追い返され柏木へ移ってきた大杉が、妻の伊藤野枝や幼い魔子・ルイゼを連れて現れた再会の場面から始まり、パリの監獄でのんきに白葡萄酒を飲んだ話、乳母車を押して近所を運動する児煩悩の父の姿を描く。九月一日の大地震、流言蜚語のなかで夜警に立つ大杉、そして「用心したって仕方がない、捕まる時は捕まる」と笑っていた彼が、九月十六日に野枝とともに出たきり行方を絶ち、甘粕事件として虐殺が公表されるまでを、遊びに来る魔子の無邪気な様子と交錯させて綴る。「パパもママも殺されちゃったの」と繰り返す魔子の姿が痛切に響く。末尾の追記では、大杉を警察のスパイとする巷説を、その人となりと日常生活から冷静に検討して退け、直情径行の大杉に間諜が務まるはずはないと論じる。
登場人物
- 大杉栄(おおすぎさかえ) アナキスト。震災の混乱下、憲兵大尉甘粕正彦の手で虐殺された。著者の隣人であった。
- 伊藤野枝(いとうのえ) 大杉の妻。青鞜社出身。大杉とともに殺害された。
- 魔子(まこ) 大杉と野枝の娘。著者の家に毎日遊びに来ていた。
- 甥の橘宗一(たちばなそういち) 大杉・野枝とともに殺害された幼い甥。
- 内田魯庵(うちだろあん) 著者。大杉一家の隣人。
冒頭部(原文より)
大杉とは親友という関係じゃない。が、最後の一と月を同じ番地で暮したのは何かの因縁であろう。大杉が初めて来たのは赤旗事件の監房生活から出獄して間もなくだった。淀橋へ移転してから家が近くなったので頻繁に来た。思想上の話もしたし、社会主義の話もしたが、肝胆相照らしたというわけでもないから多くは文壇や世間の噂ばなしだった。 大杉は興味がかなり広くて話題にも富んでいた。近年ファーブルのものを頻りに飜訳していたが、この種の文学的乃至学術的興味を早くから持っていて、主義者肌よりはむしろ文人肌であった。
「最後の大杉」内田魯庵(青空文庫)
末尾部(原文より)
芝居乎何乎は知らぬが大杉はアナーキストとして死んだ。百年稀に見る自然の大破壊を背景として大陸軍を背後に控える一軍憲の手でアナーキストに相応しい最後の幕を閉じた。欧洲戦の開幕の血祭となったジョーレスの運命はあたかもこれに等しいもので、殺害当時大杉はしばしばジョーレスと比較されたが、ジョーレスの遺骸は今やパンテオンに祀られようと騒がれておるそうだ。骨となってまでも宙宇にさまよった大杉は永久に浮ぶ瀬はあるまいが、鼠色でも鳶色でも歴史上の大立物となったのは切めてもの満足であろう。
「最後の大杉」内田魯庵(青空文庫)
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