桜の樹の下には(梶井基次郎)のあらすじ・登場人物
満開の美しさに揺れる心
- 文字数
- 1,746字
- 読了目安
- 約3分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1928年(昭和3年)12月、『詩と詩論』に発表された梶井基次郎の掌編。見事に咲く桜を前に、その美しさをそのまま信じることができない「俺」が、「おまえ」に向かって語りかける。花を眺める喜びと、不安や憂鬱とが同時にある感覚を、強い断言、問いかけ、身近な物や自然現象にたとえる言葉によって表していく。事件を順に追う小説というより、目の前の景色を受け止めようとする思考そのものが、文章を動かしている。音楽や独楽などから引き出される比喩にも、美しさを視覚だけで捉えない梶井の感覚が表れる。題名の穏やかな響きと、語りの切迫した調子との取り合わせも印象的である。桜を季節の風物として愛でる習慣から少し離れ、美しいものに出会ったとき、人の心には何が起こるのかを、数ページの独白に凝縮している。
あらすじ
「俺」は、桜の樹があんなにも見事に花をつけることが信じられず、この二三日不安に苛まれていた。しかしある時、「桜の樹の下には屍体が埋まっている」のだと思い至り、ようやく腑に落ちる心地を得る。屍体が腐乱して滲み出す液が根から樹全体に行き渡り、あの美しい花を咲かせているのだと「俺」は「おまえ」に語って聞かせる。いったんそう思い定めると、桜と屍体のイメージはもはや分かちがたく結びつき、頭から離れなくなる。それでも「俺」は、桜の樹の下で花見の酒宴をひらく村人たちと同じ心持ちで、ようやく安んじて花を眺められるような気がするのだった。
登場人物
- 俺 満開の桜の美しさに不安を覚え、その謎を死のイメージに見出す語り手
冒頭部(原文より)
桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。
「桜の樹の下には」梶井基次郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている! いったいどこから浮かんで来た空想かさっぱり見当のつかない屍体が、いまはまるで桜の樹と一つになって、どんなに頭を振っても離れてゆこうとはしない。 今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴をひらいている村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めそうな気がする。
「桜の樹の下には」梶井基次郎(青空文庫)
名文
桜の樹の下には屍体が埋まっている!
「屍体が埋まっている」と言い切る衝撃の一行。桜の美しさの底にある不安を凝視した、梶井の鮮烈な散文詩。
おまえ、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。
冒頭の一行に続いて、桜の美しさが不安を呼ぶ理由を「俺」が明かす一節。生と死、美と腐敗とを結びつける想像が、満開の桜のイメージを一変させる。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。