上海游記(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
船酔いから始まる、芥川の上海見聞
- 文字数
- 34,324字
- 読了目安
- 約1時間9分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
大阪毎日新聞社の海外視察員として中国へ渡った芥川龍之介が、上海滞在中の見聞を綴った紀行。船酔いに始まり、車夫、劇場、妓楼、そして章炳麟・鄭孝胥ら中国の知識人との会見まで、辛辣なユーモアと鋭い観察でつづられる。理想化された「支那」ではなく、目の前の現実を見ようとした眼差しが印象的な一編。
あらすじ
東京を発つ前、長野草風から船酔いの妙薬を教わった「私」は、たかが二昼夜の航海に薬とはと内心笑っていた。ところが船が玄海にかかるや海は荒れ、甲板の籐椅子で仁丹を含みながら、彼は草風の用意周到を心から感服することになる——そんな自嘲まじりの調子で、この紀行は始まる。上海に着いた芥川は、まず乾隆窯の壺のような車夫たちの群れに囲まれ、案内役の村田・友住らに連れられて街を歩く。西洋人の租界と中国人の街、ジェスフィールド公園の緑、カッフェのロシア女、そして名高い胡弓と京劇の舞台。妓楼を訪ね、芝居小屋に通い、路上の小便に顔をしかめ、それでも執拗に細部を見つめてゆく。旅の途中で肋膜炎を患い、里見病院に入院した経験も率直に書きこまれる。章炳麟、鄭孝胥、李人傑ら中国の知識人との会見では、日本人の中国趣味への冷やかな視線を受けとめながら、現実の中国が抱える問題に耳を傾けた。締めくくりは、仏蘭西租界の馬車の記憶とともに、間着のポケットから出てきた素枯れた白蘭花。花売りの声を聞いたことも、南国の美人の胸にその花が匂っていたのを眺めたことも、いまでは夢と同じである——芥川は感傷に堕ちかねない危険を感じながら、その花を床へ投げるのだった。
冒頭部(原文より)
一 海上 愈東京を発つと云う日に、長野草風氏が話しに来た。聞けば長野氏も半月程後には、支那旅行に出かける心算だそうである。その時長野氏は深切にも船酔いの妙薬を教えてくれた。が、門司から船に乗れば、二昼夜経つか経たない内に、すぐもう上海へ着いてしまう。高が二昼夜ばかりの航海に、船酔いの薬なぞを携帯するようじゃ、長野氏の臆病も知るべしである。
「上海游記」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
「白蘭花、白蘭花」――そう云う花売りの声を聞いたのも、何時か追憶に過ぎなくなった。この花が南国の美人の胸に、匂っているのを眺めたのも、今では夢と同様である。私は手軽な感傷癖に、堕し兼ねない危険を感じながら、素枯れた白蘭花を床へ投げた。
「上海游記」芥川龍之介(青空文庫)
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