アプリで読む

無料・登録不要

死のなかの風景(原民喜)のあらすじ・登場人物

透明な骨壺を抱えるような気持

原民喜 1951年(昭和26年)5月 「女性改造」

文字数
10,270字
読了目安
約21分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

原民喜が、妻の臨終とそのあとの時間を描いた短編。仏壇が運び込まれたとき初めて悲しみがこみ上げる、という悲嘆の実感を、淡々とした筆致で丹念に描く。晩年に至る原民喜の死生観を知る手がかりとなる。

あらすじ

妻が息を引き取ったとき、彼は時計を見て時刻を確かめた。妻の母が念仏を唱えながら小さな仏壇を運び、枕もとの床の間に置くと、風のようなものが背後で揺れ、彼は初めて悲しみがこみ上げてくる。父や母の死に遭っていた彼は、人間の死がどう扱われるかをよく知っていたが、仏壇を見たとき、それがどっと心にあふれた。苦しみの去った妻は、なされるがままに床に横たわり、彼もまたこの世に置き去りにされた自分に気づく。葬いや火葬の手続きは義弟が引き受けてくれる。終盤、友人に肩を小突かれ「幽霊のようだぜ」と言われた彼は、透明な骨壺を抱えているような気持で、青ざめた空気のなかに立ちどまる。

冒頭部(原文より)

 妻が息をひきとったとき、彼は時計を見て時刻をたしかめた。  妻の母は、念仏を唱えながら、隣室から、小さな仏壇を抱えて来ると、妻の枕許の床の間にそっと置いた。すると、何か風のようなものが彼の背後で揺れた。と、彼ははじめて悲しみがこみあげて来た。彼はこれまでに、父や母の死に遭遇していたので、人間の死がどのように取扱われるかは既によく知っていた。仏壇を見たとき、それがどっと彼の心にあふれた。それよりほかに扱われようはない死がそこにあった。苦しみの去った妻はなされるがままに床のなかに横わっているのだ。その細い手はまだ冷えきってはいなかったが、はじめて彼はこの世に置き去りにされている自分に気づいた。今は彼もなされるがままに生きている気持だった。

「死のなかの風景」原民喜(青空文庫)

末尾部(原文より)

「何だ、しっかりしろ、君の顔はまるで幽霊のようだぜ」  友は彼の肩を小衝いて笑った。と、彼も力なく笑いかえした。彼は遠いところに、ひそかな祈りを感じながら、透明な一つの骨壺を抱えているような気持で、青ざめた空気のなかに立ちどまっていた。 (昭和二十六年五月号『女性改造』)

「死のなかの風景」原民喜(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品