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真珠(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

真珠湾へ向かう九人へ

坂口安吾 1942年(昭和17年)6月 「文芸」

文字数
10,825字
読了目安
約22分
表記
新字旧仮名
種別
小説

この作品について

1942年6月発表。真珠湾攻撃で特殊潜航艇に乗り込んだ九人の乗組員に、「あなた方」と呼びかける形で書かれた戦時中の作品。開戦の日に作者が神奈川の小田原で過ごした一日を挟みながら、戦争で人は死をどう見つめるのか、「必ず死ぬ」と決まったとき人は何を考え何を視るのか、という問いを書き進める。

あらすじ

十二月八日以来の三か月、日本で最も話題となったのは、九人のあなた方のことだったと書き出される。語り手は、帰還した兵士たちが行軍のつらさを語る話から、戦争で人は死をみつめているのかを考える。弾雨の下に休息を感じている兵士は死に直面しておらず、生還を信じている。だが体当たりのように「必ず死ぬ」と決まったとき進める人は常人ではない。あなた方は訓練に打ち込み、無意識の隅々からも生還の二字を消し去っていたと語り手は思う。語り手自身は、開戦の日に小田原でドテラを取りに行くはずが、看板屋のガランドウと二宮まで出かけ、墓地の移転現場で土器を拾い、魚屋で焼酎を飲んでいた。戦況ニュースを床屋とお菓子屋で聞き、自分の命を捧げる覚悟を固める。その時刻、あなた方の一部は湾内で日没を待っていた。やがて武勲が公表された日、語り手は富豪の遺言の白骨の話を思い、あなた方が生還の二字を忘れたとき、死も忘れて遠足に行ってしまったのだと書く。

冒頭部(原文より)

 十二月八日以来の三ヶ月のあひだ、日本で最も話題となり、人々の知りたがつてゐたことの一つは、あなた方のことであつた。  あなた方は九人であつた。あなた方は命令を受けたのではなかつた。あなた方の数名が自ら発案、進言して、司令長官の容れる所となつたのださうだ。それからの数ヶ月、あなた方は人目を忍んで猛訓練にいそしんでゐた。もはや、訓練のほかには、余念のないあなた方であつた。  この戦争が始まるまで、パリジャンだのヤンキーが案外戦争に強さうだ、と、僕は漫然考へてゐた。パリジャンは諧謔を弄しながら鼻唄まぢりで出征するし、ヤンキーときては戦争もスポーツも見境がないから、タッチダウンの要領で弾の中を駈けだしさうに思つたのだ。ところが、戦争といふものは、我々が平和な食卓で結論するほど、単純無邪気なものではなかつた。いや、人間が死に就て考へる、死に就ての考へといふものが、平和な食卓の結論ほど、単純無邪気ではなかつたのである。人は鼻唄まぢりでは死地に赴くことができない。タッチダウンの要領でトーチカへ飛びこめるほど、戦争は無邪気なものではなかつた。

「真珠」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

 あなた方はまだ三十に充たない若さであつたが、やつぱり、自信満々たる一生だつた。あなた方は、散つて真珠の玉と砕けんと歌つてゐるが、お花畑の白骨と違つて、実際、真珠の玉と砕けることが目に見えてゐるあなた方であつた。老翁は、自らの白骨をお花畑でまきちらすわけに行かなかつたが、あなた方は、自分の手で、真珠の玉と砕けることが予定された道であつた。さうして、あなた方の骨肉は粉となり、真珠湾海底に散つた筈だ。あなた方は満足であらうと思ふ。然し、老翁は、実現されなかつた死後に就て、お花畑にまきちらされた白骨に就て、時に詩的な愛情を覚えた幸福な時間があつた筈だが、あなた方は、汗じみた作業服で毎日毎晩鋼鉄の艇内にがんばり通して、真珠湾海底を散る肉片などに就ては、あまり心を患はさなかつた。生還の二字を忘れたとき、あなた方は死も忘れた。まつたく、あなた方は遠足に行つてしまつたのである。

「真珠」坂口安吾(青空文庫)

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