白南風(北原白秋)のあらすじ・登場人物
梅雨明けの白い風の歌
- 文字数
- 46,457字
- 読了目安
- 約1時間33分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
北原白秋の歌集。1934年(昭和9)4月刊。序で「白南風」を梅雨明けの白い風と説明し、春夏の歌が多いことから題としたと述べる。古来の定型を守り、身近な自然と日々の暮らしを素直に詠む姿勢を明言した歌集で、晩年の円熟した短歌の世界に入る入口となる。末尾には、自然の光のもとなら人生の悲痛も忘れられるという述懐が記される。
あらすじ
巻頭の序は、「白南風は送梅の風なり」と題の由来を説き、本集に春夏の歌が多いのでその名をとったと記す。続けて、作者は短歌に「古来の定型」を念持し、自然は名山大沢ではなく身の回りの平凡な景を選ぶこと、時代の世相や社会機構とも無理に結びつけないことを述べ、短歌を短歌として、自然を自然として、自分を自分として詠む立場を示す。本文には「双蝶」などの題が見え、自然の細部を丁寧に拾う歌が並ぶ。巻末の覚書は昭和9年4月8日の夜に書かれ、「わたくしは本来光明の子であらうか」と、光に包まれると悲しみを忘れる自らの性情を語る。
冒頭部(原文より)
序 白南風は送梅の風なり。白光にして雲霧昂騰し、時によりて些か小雨を雑ゆ。鬱すれども而も既に輝き、陰湿漸くに霽れて、愈〻に孟夏の青空を望む。その薫蒸するところ暑く、その蕩揺するところ、日に新にして流る。かの白栄と言ひ、白映と作すところのもの是也。蓋し又、此の白映の候に中りて、茲に我が歌興の煙霞と籠るところ多きを以て、採つて題名とす。もとより本集の歌品秋冬に尠く、春夏に多きもその故なり。
「白南風」北原白秋(青空文庫)
末尾部(原文より)
わたくしは本来光明の子であらうか。かうした自然の光耀の直下には、如何なる人生の悲痛も一瞬にして忘れ得る性情が抑もの本質であるらしい。自然と一枚になる時こそわたくしの最高の歓びを自身に忝しとする。(昭和九年四月八日、釈迦仏誕日の夜記)
「白南風」北原白秋(青空文庫)
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