勝負師(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
名人戦第五局を見届けた観戦記
- 文字数
- 25,679字
- 読了目安
- 約51分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
呉清源八段を囲む座談会の見聞に、将棋の名人戦・木村義雄対塚田正夫の第五局を皇居内の済寧館で観戦した記録を重ねた長い随筆。碁と将棋の勝負師たちの心構えを、対局の細部とともに生々しく描く。初出は「別冊文藝春秋」第12号(1949年8月)。
あらすじ
五月九日、作者は旅館で呉清源八段を囲む座談会に出席する。呉氏は「神様」から離れていたが、棄教の理由を語ろうとせず、ヌラリクラリと体をかわした。同じ旅館の二階には塚田名人と升田八段もいて、二日後に名人戦第四局を控えた塚田が酒を飲んでいる姿に、作者は勝負師としての心構えの甘さを感じる。二年前、名人位を失った木村と、名古屋で升田に勝った木村が、慎重に勝負を重ねる様子も思い出される。第五局は皇居内の済寧館で行われ、畳が揺れる道場で、木村は前日に下見までして臨んだ。作者は盤側に坐って観戦したが、将棋の指し手はわからないので、対局者の態度ばかりを見ていた。木村は落ち着きはらい、塚田は硬くなって神経質に見える。夜の長考、五二桂の奇手、木村の沈着な応手と続き、午前四時過ぎに木村が勝って名人位を取り返す。塚田は負けても表情を変えず、見苦しくなかったかと人々に訊く。作者は、見苦しくない負け方などに執着するのはバカバカしく、勝負に没入して泣けばいいと思う。木村は、時間はいくらあっても同じだと答え、二年間が無駄でなかったことを見せた。作者は大山八段と肩を並べて濠端を歩き、毎日新聞の寮で酒を飲んだ。
冒頭部(原文より)
五月九日のことだ。この日林町のモミヂといふ旅館で、呉清源八段をかこんで、文人碁客の座談会があつた。豊島与志雄、川端康成、火野葦平に私といふヘボ碁打である。呉八段も今度例の神様からはなれたので、この座談会では気軽に神様の話もできるだらうと、私はそれをタノシミにしてゐたのである。 去年、本因坊薫和・呉清源の十番碁の第一局目が火蓋をきつたのがこの旅館で、私はそのとき観戦記者として対局の前夜から対局者と一しよにこの旅館へカンヅメにされたことがあつた。その晩、本因坊と私は定刻にモミヂへ来たが、呉八段は神様と一しよに行方不明で、主催者の新聞を慌てさせたものであつた。その当時の呉八段は、神様のせゐで、見る目も痛々しいものであつた。
「勝負師」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
仰有いましたね、といふところだらう。これだけ考へが変つたゞけでも、この二年間は木村にムダではなかつたのだらう。 木村と塚田は自動車で帰つた。私と大山は肩をならべて、まだ人通りのすくない濠端から東京駅、京橋へ歩いた。私たちは毎日新聞の寮へ行つて、酒をのんだ。私はまだ二十七の風采のあがらぬこの小男の平静な勝負師が、なんともミズミズしく澄んで見えて、ちよッと一日つきあひたい気持がしたからであつた。
「勝負師」坂口安吾(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。