将棋の鬼(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
升田と木村の勝負の本質
- 文字数
- 4,311字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
将棋の升田八段と木村前名人を、名古屋での三番勝負の第一局の観戦をもとに論じた随筆。「升田は手のないところに手をつくる」という通説の批判から、勝負の本質、対局前夜の過ごし方、木村の立直りまでが語られる。初出は「オール読物」第3巻第4号(1948年4月)。
あらすじ
将棋界の通説に「升田は手のないところに手をつくる」というのがあるが、手があるから見つけるのであり、升田が強いだけだと作者は言う。勝負は気合いではなく確実さ、つまり理にかなっていることだ。升田は勝負の本質を知りぬいた理づめの将棋指しで、ハッタリ屋に見えてもハッタリの将棋ではない。しかし慢心すればハッタリになる危険がある。作者は昨年十二月、名古屋で行われた木村升田三番勝負の第一局を観戦した。対局前夜、酒を飲み過ぎた升田は碁を打ち、酔いがさめて眠れなくなった。翌日の対局で升田は木村をなめてかかり、軽率に指して完敗する。対して木村は慎重に忍び、見事な立直りを見せた。人間は時代的にしか生きられず、元来勝負の鬼だった木村が貫禄将棋を指すようになっていたが、名古屋では本来の勝負師に戻っていた。ただ、まだ落ちた名人という翳が残る。作者は、文士とちがい、勝負師は閃きのない日でも指さなければならないから、対局の日を頂点にもっていく心構えが必要だという。そして、次期名人はおそらく升田だが、その次は木村だろうと予想し、二人が名人位を争う日を楽しみにしていると結ぶ。
冒頭部(原文より)
将棋界の通説に、升田は手のないところに手をつくる、という。理窟から考えても、こんなバカな言い方が成り立つ筈のものではない。 手がないところには、手がないにきまっている。手があるから、見つけるのである。つまり、ほかの連中は手がないと思っている。升田は、見つける。つまり、升田は強いのである。 だから、升田が手がないと思っているところに手を見つける者が現れゝば、その人は升田に勝つ、というだけのことだろう。
「将棋の鬼」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
次期名人は、たいがい升田らしい形勢であるが、その次にくるもの、これは新人でなく、やっぱり木村だろう。升田木村が名人を争うとき、この勝負の激しさは至上のものだろうと私は思う。私はその日をたのしみにしているのである。そして、それからの何年かは、名人位をとったり、とられたり、この二人の必死の争いがしばらく続くのじゃないかと思っている。
「将棋の鬼」坂口安吾(青空文庫)
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