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小説作法十則(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

懐疑主義者が記す小説家の心得

芥川龍之介 1927年(昭和2年)9月 「新潮」

文字数
1,893字
読了目安
約4分
表記
新字旧仮名
種別
随筆

この作品について

芥川龍之介の随筆風の文章。十則の箇条書きで小説家の心得を語り、小説は詩と歴史・伝記の性格を併せ持つこと、小説家は処世的才能も要ること、言葉の美しさを知る必要があることなどを説く。附記では、何事にも懐疑主義者だが、詩の前では懐疑主義者でありえなかったと述べる。「新潮」1927(昭和2)年9月号に発表された。

あらすじ

十則と附記からなる。第一則は小説を最も非芸術的な文芸と心得、詩としての要素により文芸に数えられるに過ぎないと述べる。第二から六則では、小説家は詩人のほか歴史家・伝記作者であり、一生の平穏を期せず、平和に暮らすには処世的才能を磨くほかないと論じる。第七則は文章を錬る努力と言葉の美しさへの感受を、第八則は時代の約束に従う利点と、それを破る天才の孤独を扱う。第九則は思想に反応せず、「ありのまま」を写生せよと説く。第十則で、これも黄金律ではないとし、なれる者はなる、と突き放す。附記で、自分は懐疑主義者だが詩の前では懐疑主義者でなかったと告白する。

冒頭部(原文より)

一 小説はあらゆる文芸中、最も非芸術的なるものと心得べし。文芸中の文芸は詩あるのみ。即ち小説は小説中の詩により、文芸の中に列するに過ぎず。従つて歴史乃至伝記と実は少しも異る所なし。  二 小説家は詩人たる以外に歴史家乃至伝記作者なり。従つて人生(一時代に於ける一国の)と相亘らざるべからず。紫式部より井原西鶴に至る日本の小説家の作品はこの事実を証明すべし。

「小説作法十則」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

この「小説作法十則」の黄金律ならざるも勿論なり。所詮小説家になり得るものはなり、なり得ざるものはなり得ざるべき乎。  附記。僕は何ごとにも懐疑主義者なり。唯如何に懐疑主義者ならんと欲するも、詩の前には未だ嘗懐疑主義者たる能はざりしことを自白す。同時に又詩の前にも常に懐疑主義者たらんと努めしことを自白す。

「小説作法十則」芥川龍之介(青空文庫)

名文

小説はあらゆる文芸中、最も非芸術的なるものと心得べし。文芸中の文芸は詩あるのみ。

十か条の第一条。小説家でありながら小説を「最も非芸術的」と言い切り、詩を文芸の頂点に置く、芥川らしい逆説。

小説家たらんとするものは自動車学校を卒業せざる運転手の自動車を街頭に駆るがごとし。一生の平穏無事なるを期すべからず。

第四条の一節。小説家として生きることの危うさを、無免許で街に車を走らせることにたとえた、皮肉の効いた比喩。

僕は何ごとにも懐疑主義者なり。唯如何に懐疑主義者ならんと欲するも、詩の前には未だ嘗懐疑主義者たる能はざりしことを自白す。

末尾の附記。何事も疑う自分が、詩の前でだけは疑いきれないと打ち明ける。芥川の詩への思いがにじむ。

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