啄木と賢治(高村光太郎)のあらすじ・登場人物
岩手が生んだ二人の詩人
- 文字数
- 1,285字
- 読了目安
- 約3分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
高村光太郎が、戦後、岩手県の山小屋で暮らしていた頃に、地元の人々に向けて書いたと思われる短い文章。同じ岩手の詩人、石川啄木と宮沢賢治を紹介する。やさしい言葉づかいで二人の人柄を語り、「誠実な、うその無い、つきつめた性格」と評する。
あらすじ
岩手県は一般に思われている以上にすばらしい地方で、人の性格は誠実で大きな山のようだ、と書き出す。人物にもすぐれた人が出ており、文芸では啄木と賢治の名を挙げ、「雨ニモマケズ」は思いがけないほど多くの人に暗記されていると言う。啄木は二十七歳で死んだが死後ますます読まれ、賢治は農業指導や研究に励み、病床で「雨ニモマケズ」を書いたことや、世界的な大詩人といってよいことが語られる。結びは、啄木も賢治も皆、誠実でうその無い、つきつめた性格の人だった、という一文。
冒頭部(原文より)
○岩手県というところは一般の人が考えている以上にすばらしい地方だということが、来て住んでみるとだんだんよく分ってきました。此の地方の人の性格は多く誠実で、何だか大きな山のような感じがします。為ることはのろいようですが、しかし確かです。天然の産物にも恵まれていて、今にこれがみんな世の中に利用されるようになったら、岩手県は日本の宝の蔵になるでしょう。
「啄木と賢治」高村光太郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
○もう一人の大詩人宮澤賢治は稗貫郡花巻町に明治二十九年に生れ、この人もたった三十八歳で死にましたが、その為しとげた仕事の立派さは驚くばかりです。此の詩人の詩や童話は実にたくさんあり、どれをよんでみても心が清められ、高められ、美しくされないものはありません。非常に宗教心にあつく、法華経を信仰して、まるで菩薩さまのような生活をおくっていました。仏さまといってもいい程です。自分をすてて人の為に尽し、殊に貧しい農夫の為になる事を一所懸命に実際にやりました。詩人であるばかりでなく農業化学や地質学等の科学者でもあり、酸性土壌改良の炭酸カルシュームを掘り出したり、世の中にひろめたりしました。皆さんの知っている「雨ニモマケズ」の詩は病気でねている時に書いたのですが、今日でも多くの人に救と力とを与えています。「風の又三郎」を映画で見た事がありますか。あの童話も宮澤賢治の作ったものです。此詩人は全く世界的な大詩人といっていいでしょう。 ○啄木といい、賢治といい、皆誠実な、うその無い、つきつめた性格の人でした。
「啄木と賢治」高村光太郎(青空文庫)
原文を読む
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