槍が岳に登った記(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
石の渓谷と暁の雷鳥
- 文字数
- 2,552字
- 読了目安
- 約5分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 長野県
- 岐阜県
この作品について
若き日の芥川龍之介が槍ヶ岳へ登ったときの紀行文。「赤沢」と「朝三時」の二章だけが残り、石の洪水のような渓谷の荒涼とした景色と、夜明け前に石の斜面を四つんばいで登る心細さ、闇の中で聞いた雷鳥の声を描く。底本の岩波書店『芥川龍之介全集 別冊』(1929年)に収められた。末尾に明治四十四年ごろとある。
あらすじ
「赤沢」では、暑さと疲れで下ばかり見て雑木林を抜けた語り手が、案内者に「ここが赤沢です」と言われて顔を上げる。目の前には灰色の岩の山がそびえ、狭い渓谷は大小さまざまな石で埋まっている。石の洪水と呼びたいほどの景色の中に、石の下で寝るという小屋跡があり、荒廃と寂寞の中に自然をむきつけに見た気がして、語り手は強い疲れを覚える。「朝三時」では、まだ暗いうちに仲間の中原に続いて出発する。道はなく、転がった石の上を四つんばいで登り、手袋の上からも石が冷たく、息は白く霧になる。遠くに槍が岳が見え、反対側にはまだ月が残っている。偃松の中に入ると、闇の中から鋭い声がし、案内者が雷鳥だと教える。絶嶺の大気を貫くその声を、語り手は何かの象徴のように感じる。
冒頭部(原文より)
雑木の暗い林を出ると案内者がここが赤沢ですと言った。暑さと疲れとで目のくらみかかった自分は今まで下ばかり見て歩いていた。
「槍が岳に登った記」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
路が偃松の中へはいると、歩くたびに湿っぽい鈍い重い音ががさりがさりとする。ふいにギャアという声がした。おやと思うと案内者が「雷鳥です」と言った。形は見えない。ただやみの中から鋭い声をきいただけである。人をのろうのかもしれない。静かな、恐れをはらんだ絶嶺の大気を貫いて思わずもきいた雷鳥の声は、なんとなくあるシンボルでもあるような気がした。
「槍が岳に登った記」芥川龍之介(青空文庫)
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