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予の描かんと欲する作品(夏目漱石)のあらすじ・登場人物

作品に教訓を込めることの是非

夏目漱石 1909年(明治42年)2月 「新潮」

文字数
2,615字
読了目安
約5分
表記
新字新仮名
種別
随筆

この作品について

1909年2月、雑誌『新潮』の質問に答えた漱石の談話。どのような作品を描きたいかという問いに、種類を限らず多方面にわたって書きたいと答え、作品に教訓を込めることの是非を『虞美人草』を例に論じる。イプセンとバーナード・ショーを比べ、哲学や教訓が作品に自然に畳み込まれるかどうかの境目を語る。

あらすじ

どんな作品を描きたいかと聞かれた漱石は、自分は主義主張を作品で示す者ではなく、能力の許す限り、種類の変化したものを多方面に書きたいと答える。続いて過去の作品について質問に答える形になり、『虞美人草』の藤尾が我儘に育ったためか、自意識の強いモダンな女なのかという問いには、両方に跨っていると言う。藤尾と糸子を対照させ、性格の異なる二人の運命を描いて見せたのかという問いには、そんな考えはなく、あの二人だけで世間全体を説明したと思われては困ると断る。教訓を意図して人物や事件を拵えるのは、作家が自分の資格を削るのと同じだが、作品が自然に出来上がり、そこに教訓が読み取れるなら作家は満足だと言う。イプセンは哲学を持ちながら人物が自然に動くのに対し、ショーの作品は哲学に押さえられて見えすいてしまうと比べ、その境目はごく幽かな一線で、そこが呼吸ものだと述べる。

冒頭部(原文より)

 如何なるものを描かんと欲するかとの御質問であるが、私は、如何なるものをも書きたいと思う。自分の能力の許す限りは、色々種類の変化したものを書きたい。自分の性情に適したものは、なるべく多方面に亙って書きたい。

「予の描かんと欲する作品」夏目漱石(青空文庫)

末尾部(原文より)

 その教訓の意味とか、何う云う訳で教訓になるとか云うことに就て述べたいが、今は時間がないから略する。尤もこれは今度出版する『文学評論』の中に詳しく書いて置いた。

「予の描かんと欲する作品」夏目漱石(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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