欲望について――プレヴォとラクロ――(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
娼婦マノンと欲望の肯定
- 文字数
- 4,520字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
1946年9月『人間』に発表された評論。プレヴォの『マノン・レスコオ』とラクロの『危険な関係』を引き、家庭や貞操を絶対の美徳とする通念を疑って、人間の欲望と社会秩序の矛盾を論じる。『堕落論』と同じ年に書かれた、戦後の安吾の人間観を示す文章である。
あらすじ
筆者は昔から家庭に疑いを抱き、多くの人の家庭は楽しい棲家というより牢獄だと感じてきた。天性の娼婦マノン・レスコオを好むのは、貞操や家庭という観念をもたず、陽気で豪奢な毎日だけを求めるからだ。人間には社会の秩序が必要だが、秩序は犠牲を伴い、両者を秤にかける算式はない。武士道のように秩序で人間を縛れば個性が失われ、蟻の生活になる。僧侶であるプレヴォが娼婦の悪徳を至高の美果のように描いたのは不自然ではなく、ラクロの『危険な関係』は愛の遊戯を人生の目的とした男女を意識的に描いている。家庭と相容れなくても人性の真実は殺せず、欲望を欲することは悪徳ではない。遊びが人生の目的だとは断言できないが、遊びたいという欲求を不健全とも不真面目とも見ない、と筆者は言う。
冒頭部(原文より)
私は昔から家庭といふものに疑ひをいだいてゐた。愛する人と家庭をつくりたいのも人の本能であるかも知れぬが、この家庭を否応なく、陰鬱に、死に至るまで守らねばならぬか、どうか。
「欲望について――プレヴォとラクロ――」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
人の欲求するところ、常に必ずしも人を充すものではなく、多くは裏切るものであり、マノン侯爵夫人も決して幸福なる人間ではなかつた。無為の平穏幸福に比べれば、欲求をみたすことには幸福よりもむしろ多くの苦悩の方をもたらすだらう。その意味に於ては人は苦悩をもとめる動物であるかも知れない。
「欲望について――プレヴォとラクロ――」坂口安吾(青空文庫)
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