アプリで読む

無料・登録不要

続文芸的な、余りに文芸的な(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

十の断想で語る文芸と画

芥川龍之介 1927年(昭和2年)7月 「文藝春秋」

文字数
3,506字
読了目安
約7分
表記
新字旧仮名

この作品について

芥川龍之介が文芸についての断想を十の短い章に並べた随想。正宗白鳥「死者生者」、アナトール・フランス、自然主義、ハムスン、コクトー、映画「若し王者たりせば」、ピカソとマチスなど、思いつくままに取り上げ、短い言葉で大胆な評言を重ねる。「文藝春秋」1927年7月号の連載「文芸的な、余りに文芸的な」の続きで、末尾に昭和二年五月六日の日付がある。

あらすじ

一「死者生者」では、大正時代の作品で記憶に残るものとして正宗白鳥の「死者生者」を挙げ、同じ月に発表された自作「芋粥」より優れていると言い、世人が新しいものに注目しやすいことを嘆く。二「時代」では、自分の文章は一時代の土に生えた草の一本にすぎないと自嘲する。三「日本の文芸の特色」は、読者に親密であること。四「アナトオル・フランス」では、微笑する懐疑主義者が実は徹底した厭世主義者だったと見て、その中に有史以来の我々自身を見る。五「自然主義」、六「ハムズン」、七「語彙」、八「コクトオの言葉」と続き、九「若し王者たりせば」では、ヴィヨンを描いた映画を見て、「蓋棺の後」の評価の怪しさと、それでもヴィヨンは大詩人だったという自分の感情を述べる。最後の「二人の紅毛画家」は、城を攻め続けるピカソに同情し、ヨットを走らせるマチスに親しみを感じる。

冒頭部(原文より)

「文章倶楽部」が大正時代の作品中、諸家の記憶に残つたものを尋ねた時、僕も返事をしようと思つてゐるうちについその機会を失つてしまつた。僕の記憶に残つてゐるものはまづ正宗白鳥氏の「死者生者」である。これは僕の「芋粥」と同じ月に発表された為、特に深い印象を残した。「芋粥」は「死者生者」ほど完成してゐない。唯幾分か新しかつただけである。が、「死者生者」は不評判だつた。「芋粥」は――「芋粥」の不評判だつたのは吹聴せずとも善い。「読後感とでも云ふのかな。さう云ふものの深い短篇だね。」――僕は当時久米正雄君の「死者生者」を読んだ後、かう言つたことを覚えてゐる。が、「文章倶楽部」の問に応じた諸家は誰も「死者生者」を挙げてゐなかつたらしい。

「続文芸的な、余りに文芸的な」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

 ピカソはいつも城を攻めてゐる。ジアン・ダアクでなければ破れない城を。彼は或はこの城の破れないことを知つてゐるかも知れない。が、ひとり石火矢の下に剛情にもひとり城を攻めてゐる。かう云ふピカソを去つてマテイスを見る時、何か気易さを感じるのは必しも僕一人ではあるまい。マテイスは海にヨツトを走らせてゐる。武器の音や煙硝の匂はそこからは少しも起つて来ない。唯桃色の白の縞のある三角の帆だけ風を孕んである。僕は偶然この二人の画を見、ピカソに同情を感ずると同時にマテイスには親しみや羨ましさを感じた。マテイスは僕等素人の目にもリアリズムに叩きこんだ腕を持つてゐる。その又リアリズムに叩きこんだ腕はマテイスの画に精彩を与へてゐるものの、時々画面の装飾的効果に多少の破綻を生じてゐるかも知れない。若しどちらをとるかと言へば、僕のとりたいのはピカソである。兜の毛は炎に焼け、槍の柄は折れたピカソである。…… (昭和二年五月六日)

「続文芸的な、余りに文芸的な」芥川龍之介(青空文庫)

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品