富永太郎の生涯と代表作
24歳で逝った詩人
- 生没
- 1901–1925
- 出身
- 東京都
- Wikipedia
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略歴
1901年(明治34年)、東京の本郷区に生まれる。東京府立一中を経て第二高等学校に入るが、ニーチェやボードレールに傾倒して文学を志し、のちに画家をめざして上海へ渡るなど、各地を移り住んだ。京都で中原中也と出会い、その詩風に大きな影響を与える。1924年に肺結核と診断され、同人誌「山繭」に「秋の悲歎」「橋の上の自画像」「鳥獣剥製所」などを発表した。ボードレールやランボーの影響を受けた硬質な言葉で、都市の憂愁と病床の感覚を散文詩と詩に刻んだ。1925年(大正14年)、24歳で亡くなり、没後の1927年に友人の村井康男が編集し、富永次郎が発行した『富永太郎詩集』が刊行された。