有島武郎の名文

有島武郎の作品から、よく知られた一節を集めました。

8件

カインの末裔

長い影を地にひいて、痩馬の手綱を取りながら、彼れは黙りこくって歩いた。

北海道の小作地へ流れ着く一家を、長い影と痩馬だけで描く書き出し。土地にも人にも馴染めない男の荒々しい生が始まる。

小さき者へ

小さき者よ。不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。  行け。勇んで。小さき者よ。

母を亡くした幼い子らへ宛てた手記の結び。短い命令形を畳みかける父の祈りが、読む者をも励まし続けてきた一節。

生れ出づる悩み

君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ。

作品の結び。北海道の漁村で、絵への情熱と暮らしの苦しさの間で悩む青年へ、作者が呼びかける言葉。苦しみの先に必ず訪れる春を祈る。

或る女

新橋を渡る時、発車を知らせる二番目の鈴が、霧とまではいえない九月の朝の、煙った空気に包まれて聞こえて来た。

有島武郎『或る女』の書き出し。九月の朝の新橋停車場へ、発車の鈴を平然と聞き流して向かう葉子。主人公の気性が最初の場面から立ち上がる。

どこかから菊の香がかすかに通って来たように思って葉子は快い眠りから目をさました。

有島武郎『或る女』後編の書き出し。主人公・葉子が船旅の疲れの残る朝に目覚める場面で、秋の光が障子越しに差し込む。

惜みなく愛は奪う

愛の表現は惜みなく与えるだろう。然し愛の本体は惜みなく奪うものだ。

書名の由来となった一節。愛は与えるものだという通念を覆し、愛の本体は他者を自己のうちに取り込んで成長する「奪う」力だとする、有島の個性論の核心。

一房の葡萄

僕は小さい時に絵を描くことが好きでした。

絵を描くことが好きだった少年時代の回想から始まる。盗みの罪と赦しを描く、教科書でも親しまれた童話。

秋になるといつでも葡萄の房は紫色に色づいて美しく粉をふきますけれども、それを受けた大理石のような白い美しい手はどこにも見つかりません。

結び。盗みを赦し葡萄を分けてくれた先生の白い手が、秋ごとに色づく葡萄とともに思い返される。

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有島武郎