カフカの名文

カフカの作品から、よく知られた一節を集めました。

14件

審判

誰かがヨーゼフ・Kを誹謗したにちがいなかった。なぜなら、何もわるいことをしなかったのに、ある朝、逮捕されたからである。

カフカ『審判』の有名な書き出し。理由の分からない逮捕から始まる不条理な訴訟の物語を、この一文が予告している。

掟の前に一人の門番が立っていた。この門番のところへ一人の田舎の男がやってきて、掟の中へ入れてくれと願った。しかし門番は、今ははいることを許せない、と言った。

大聖堂で僧がKに語るたとえ話「掟の前で」の冒頭。カフカの生前に単独でも発表された寓話で、作品全体の謎を映す鏡とされる。

「憂鬱な意見ですね」と、Kは言った。「虚偽が世界秩序にされているわけだ」

たとえ話の解釈をめぐる僧との問答で、Kが返す言葉。真実よりも「必然」が求められる世界への違和感が、鋭く言い表されている。

「まるで犬だ!」と、彼は言ったが、恥辱が生き残ってゆくように思われた。

石切場で二人の男に処刑されるKの最期の言葉で、『審判』の結びの一文。理由も知らされぬまま裁かれた男の屈辱が残る。

城

Kが到着したのは、晩遅くであった。村は深い雪のなかに横たわっていた。城の山は全然見えず、霧と闇とが山を取り巻いていて、大きな城のありかを示すほんの微かな光さえも射していなかった。

カフカ『城』の書き出し。測量技師だと名のるKが雪の村に着く夜の情景で、目指す城は最初から霧と闇の中に隠れている。

Kは城に眼を向けたまま、歩みつづけた。ほかには彼の気にかかるものは何もなかった。ところが、近づくにつれ、城は彼を失望させた。それはほんとうにみじめな小さな町にすぎず、田舎家が集ってつくられていて、ただおそらくどの家も石でつくられているということによってきわだって見えるだけだった。

Kが初めて城へ向かって歩く場面。遠くでは城らしく見えた建物が、近づくとみすぼらしい家の集まりにすぎない。期待と現実のずれが物語を貫く。

変身

ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。

世界文学で最も有名な書き出しの一つ。理由も説明も与えられないまま、ありふれた朝に異変が起きている。その不条理を淡々と告げる語り口が、カフカの世界そのものになっている(原田義人訳)。

流刑地で

「奇妙な装置なのです」と、将校は調査旅行者に向っていって、いくらか驚嘆しているようなまなざしで、自分ではよく知っているはずの装置をながめた。

カフカ『流刑地で』の書き出し。処刑装置を誇らしげに見る将校のまなざしから、旅行者の目を通した異様な一日が始まる。

教えてやっても意味はないでしょう。なにしろ自分の身体で思い知るわけですから

受刑者は自分の判決を知っているのかと問われた将校の答え。判決が身体に刻まれるという装置の仕組みを、事もなげに語る冷たさが際立つ。

私が裁決するときの原則は、罪はいつでも疑いの余地がない、ということです。

弁明の機会も与えずに判決を下すことを、裁判官を兼ねる将校が平然と説明する言葉。カフカの描く不条理な裁きの論理が端的に表れている。

断食芸人

この何十年かのあいだに、断食芸人たちに対する関心はひどく下落してしまった。以前には一本立てでこの種の大きな興行を催すことがいいもうけになったのだが、今ではそんなことは不可能だ。あのころは時代がちがっていたのだ。

カフカ『断食芸人』の書き出し。町じゅうが熱狂した見世物が忘れられていく時代の移り変わりを、淡々とした報告の調子で語り始める。

「うまいと思う食べものを見つけることができなかったからだ。うまいと思うものを見つけていたら、きっと、世間の評判になんかならないで、きっとあんたやほかの人たちみたいに腹いっぱい食っていたことだろうよ」

死の間際、断食芸人が監督の耳もとでささやく告白。芸として称賛されてきた断食の、意外な理由が明かされる。

判決

すばらしく美しい春の、ある日曜日の午前のことだった。若い商人のゲオルク・ベンデマンは二階にある彼の私室に坐っていた。

カフカ『判決』の書き出し。穏やかな春の日曜日、友への手紙を書き終えた青年の平穏な描写から、思いがけない父子の対決へと進んでいく。

その瞬間に、橋の上をほんとうに限りない車の列が通り過ぎていった。

父の「判決」に従って河へ身を投げた直後の、物語の最後の一文。一人の死と無関心に流れる街の往来が並べて置かれる。

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カフカ