歴史其儘と歴史離れとは

分類
その他
読み
れきしそのままとれきしばなれ

森鴎外が大正4年(1915年)1月、短歌誌「心の花」に発表した随筆の題で、歴史小説を書く際の二つの態度を言い表す語として広く用いられる。鴎外はこの文章で、自作の歴史上の人物を扱った作品が「小説だとか、小説でないとか」議論されていることを受け、史料を調べるうちにそこに窺われる「自然」を尊重する念が生じ、みだりに変更するのを嫌うようになったと述べる。当世の作家が自分の生活をありのままに書くのなら、過去もありのままに書いてよいはずだ、とも記している。これが「歴史其儘」の態度である。しかし鴎外は、そのために「知らず識らず歴史に縛られ」、その縛りの下に喘ぎ苦しんだと告白し、そこから脱しようとして、説経節などで語り継がれた伝説に取材した『山椒大夫』を同じ月の「中央公論」に発表した。伝説の筋だけを辿り、人物の年齢や家系は想像で整えたという制作の経緯を明かしたうえで、書き上げてみれば「なんだか歴史離れがし足りない」と結んでいる。史料に忠実であろうとする姿勢はやがて『渋江抽斎』などの史伝へと深まり、この二つの語は、事実と創作のあいだで揺れる歴史小説を考える際の古典的な枠組みとなった。

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