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歴史其儘と歴史離れ(森鴎外)のあらすじ・登場人物

史実を守るか離れるか

森鴎外 1915年(大正4年)1月 「心の花」

文字数
3,131字
読了目安
約6分
表記
新字旧仮名

この作品について

1915年(大正4年)1月の「心の花」に発表された、鴎外自身による創作の弁。自作の歴史上の人物を扱った作品が「小説だとか、小説でないとか」議論されていることを受け、史料に見える「自然」を尊重して事実を変えずに書いた理由を述べる。あわせて、その縛りから離れようとして伝説を素材に『山椒大夫』を書いた経緯を、年立てや人物の設定まで具体的に明かす。鴎外の歴史小説観を知る基本の文章として、「歴史其儘」「歴史離れ」の語で広く引かれる。

あらすじ

鴎外は、自分の歴史上の人物を扱った作品が、小説であるかどうか友人たちの間でも議論になっていると述べる。そうした作品が普通の小説と違うのは、事実を自由に取捨して筋を整える跡がない点にあり、その理由は、史料の中に見える「自然」を尊重する気持ちが生まれたことと、現在の人が自分の生活をありのままに書くなら過去もありのままに書いてよいはずだと考えたことの二つだという。その一方で歴史に縛られる苦しさも感じ、そこから抜け出そうとして、『山椒大夫』の伝説を素材に小説を書いた。伝説の筋を紹介し、官名や調度に古い名を使い、年立てをしたこと、梅津院にあたる人物を藤原師実に置いたこと、山椒大夫の長男を失踪させたことなど、書いた際の工夫と迷いを具体的に記す。最後に、歴史離れをしたつもりが、書き上げてみるとまだ歴史離れが足りないようだと正直に告白して結ぶ。

冒頭部(原文より)

 わたくしの近頃書いた、歴史上の人物を取り扱つた作品は、小説だとか、小説でないとか云つて、友人間にも議論がある。しかし所謂 normativ な美学を奉じて、小説はかうなくてはならぬと云ふ学者の少くなつた時代には、此判断はなか/\むづかしい。わたくし自身も、これまで書いた中で、材料を観照的に看た程度に、大分の相違のあるのを知つてゐる。中にも「栗山大膳」は、わたくしのすぐれなかつた健康と忙しかつた境界とのために、殆ど単に筋書をしたのみの物になつてゐる。そこでそれを太陽の某記者にわたす時、小説欄に入れずに、雑録様のものに交ぜて出して貰ひたいと云つた。某はそれを承諾した。さてそれが例になくわたくしの校正を経ずに、太陽に出たのを見れば、総ルビを振つて、小説欄に入れてある。殊に其ルビは数人で手分をして振つたものと見えて、二三ペエジ毎に変つてゐる。鉄砲頭が鉄砲のかみになつたり、左右良の城がさうらの城になつたりした処のあるのも、是非がない。

「歴史其儘と歴史離れ」森鴎外(青空文庫)

末尾部(原文より)

 わたくしが山椒大夫を書いた楽屋は、無遠慮にぶちまけて見れば、ざつとこんな物である。伝説が人買の事に関してゐるので、書いてゐるうちに奴隷解放問題なんぞに触れたのは、已むことを得ない。  兎に角わたくしは歴史離れがしたさに山椒大夫を書いたのだが、さて書き上げた所を見れば、なんだか歴史離れがし足りないやうである。これはわたくしの正直な告白である。

「歴史其儘と歴史離れ」森鴎外(青空文庫)

名文

わたくしは史料を調べて見て、其中に窺はれる「自然」を尊重する念を発した。そしてそれを猥に変更するのが厭になつた。

鴎外が自らの歴史小説の方法を語った随筆の一節。史料の「自然」を尊ぶ「歴史其儘」の姿勢を、率直に説明している。

兎に角わたくしは歴史離れがしたさに山椒大夫を書いたのだが、さて書き上げた所を見れば、なんだか歴史離れがし足りないやうである。

『山椒大夫』執筆の楽屋を明かした随筆の結び。「歴史離れ」を試みてなお史実に縛られる自分を、正直な告白として語る。

原文を読む

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