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渋江抽斎(森鴎外)のあらすじ・登場人物

鴎外が敬愛した江戸の考証医の生涯

  • 歴史

森鴎外 1916年(大正5年)1月 「東京日日新聞」

文字数
165,400字
読了目安
約5時間31分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

森鴎外晩年の史伝の代表作。鴎外が古書の考証を通じて出会った、江戸末期の弘前藩医・渋江抽斎——その学識と人格に深く共鳴した鴎外が、抽斎とその一族の生涯を、丹念な考証によって描き出した、日本近代文学屈指の伝記文学である。

あらすじ

「三十七年如一瞬……」——渋江抽斎の述志の詩から、物語は始まる。渋江抽斎は、弘前藩主津軽家の医官であり、古医書の考証に心を潜める学者だった。森鴎外は、自らも古書の考証を趣味とするなかで、抽斎という人物に出会い、その学識・趣味・生き方が驚くほど自分と重なることに深く共鳴する。本作で鴎外は、抽斎の学問と人となり、質素で高潔なその暮らしぶりを描き、さらに抽斎の死後、その妻・子・孫へと連なる一族の運命を、丹念な考証によって克明に追っていく。市井に生きた一人の学者とその家族の姿を、感傷を排した端正な筆致で写しとることで、鴎外は幕末から明治・大正へと移りゆく時代そのものを浮かび上がらせる。小説でも評伝でもない独自の「史伝」という形式を確立した、日本近代文学屈指の傑作である。

登場人物

冒頭部(原文より)

その一  三十七年如一瞬。学医伝業薄才伸。栄枯窮達任天命。安楽換銭不患貧。これは渋江抽斎の述志の詩である。想うに天保十二年の暮に作ったものであろう。弘前の城主津軽順承の定府の医官で、当時近習詰になっていた。(……)抽斎は心を潜めて古代の医書を読むことが好で、技を售ろうという念がない。

「渋江抽斎」森鴎外(青空文庫)

末尾部(原文より)

 牛込の保さんの家と、その保さんを、父抽斎の継嗣たる故を以て、始終「兄いさん」と呼んでいる本所の勝久さんの家との外に、現に東京には第三の渋江氏がある。即ち下渋谷の渋江氏である。(……)三人の生母福島氏おさださんは静岡にいる。牛込のお松さんと同齢で、四十八歳である。

「渋江抽斎」森鴎外(青空文庫)

名文

抽斎は医者であった。そして官吏であった。そして経書や諸子のような哲学方面の書をも読み、歴史をも読み、詩文集のような文芸方面の書をも読んだ。その迹が頗るわたくしと相似ている。

森鴎外『渋江抽斎』(1916年)より。江戸の医官で考証家だった抽斎に、医者で官吏で文学者でもある自分の姿を重ねる。鴎外が史伝へ向かった動機を率直に語る一節で、このあと自らを「ヂレッタンチスム」と省みる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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