鼻(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
長い鼻を気にする心
- 歴史
- 風刺
- 文字数
- 5,779字
- 読了目安
- 約12分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
この作品について
1916年(大正5年)2月、第四次『新思潮』の創刊号に発表された短編小説。『今昔物語集』『宇治拾遺物語』に伝わる長い鼻の僧の説話を題材に、外見を気にする心と、他人の視線に左右される自尊心を描く。主人公の禅智内供は、顎の下まで垂れる鼻を長年ひそかに悩みながら、人には気にしていないように見せようとしている。食事にも不便な鼻を細かく描く一方、その不便さ以上に本人を苦しめるものへと語りが入り込んでいく。古い説話の滑稽さに心理の分析を重ね、僧侶という立場と人間らしい見栄との隔たりを、距離を置いた筆致でとらえている。本作を読んだ夏目漱石が芥川に称賛の手紙を送ったことは、作者自身も『羅生門の後に』に記した。『羅生門』に続く初期作品であり、漱石の評価を受けて芥川が作家として注目される契機となった一編である。
あらすじ
池の尾の禅智内供は、五六寸もの長さがあり顋の下までぶら下がる鼻を持ち、長年その醜さと不便さを人知れず苦にしてきた。弟子に膳越しに鼻を持ち上げてもらわねば食事もできぬほどだが、内供が本当に苦しんでいたのは実際的な不便さよりも、それによって傷つけられる自尊心のためだった。ある時、弟子の僧が中国渡来の秘法——鼻を茹でてから踏ませるという方法——を知り、内供はためしにこれを試みる。すると長い鼻は見違えるほど短くなった。ところが鼻が短くなると、周囲の者たちはかえって前よりもあからさまに内供を嘲笑うようになる。語り手は、人間には他人の不幸に同情する一方で、その人が不幸を切り抜けると物足りなくなり、敵意を抱くようになる心があると語る。ある夜、鼻はひとりでにもとの長さへ戻ってしまう。夜が明けて鼻の戻ったことに気づいた内供は、もう誰も哂う者はないだろうと、秋風に鼻をぶらつかせながら晴れやかな心持ちを取り戻すのだった。
登場人物
- 禅智内供 池の尾の高僧。異様に長い鼻を苦にし、自尊心を傷つけられ続ける本作の主人公
- 弟子の僧 中国渡来の鼻を短くする秘法を内供に教える
冒頭部(原文より)
禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇の上から顋の下まで下っている。形は元も先も同じように太い。云わば細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔のまん中からぶら下っているのである。
「鼻」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
――こうなれば、もう誰も哂うものはないにちがいない。内供は心の中でこう自分に囁いた。長い鼻をあけ方の秋風にぶらつかせながら。
「鼻」芥川龍之介(青空文庫)
名文
禅智内供の鼻と云えば、池の尾で知らない者はない。長さは五六寸あって上唇の上から顋の下まで下っている。
長い鼻を淡々と説明する書き出し。他人の不幸が直ると物足りなくなる「傍観者の利己主義」を描き、漱石に激賞された出世作。
こうなれば、もう誰も哂うものはないにちがいない。
長い鼻がようやく短くなり、鏡を見て安堵する場面。しかし嘲笑は止まず、内供の心はふたたび揺らいでいく。
人間の心には互に矛盾した二つの感情がある。勿論、誰でも他人の不幸に同情しない者はない。所がその人がその不幸を、どうにかして切りぬける事が出来ると、今度はこっちで何となく物足りないような心もちがする。
鼻が短くなった内供を、周囲がかえって笑う場面に続く語り手の考察。同情の裏にひそむ他人の不幸への執着を見抜き、直後の「傍観者の利己主義」へつながる。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。