備前天一坊(江見水蔭)のあらすじ・登場人物
天一坊より前の落胤騒動
- 歴史
- 風刺
- 文字数
- 12,511字
- 読了目安
- 約25分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 岡山県
この作品について
将軍吉宗の落胤を名乗った天一坊より七十年余り前、備前の明君・池田光政の落胤と称して岡山へ乗り込んだ浪人の一組があった。証拠の脇差を持つ若い浪人と、仲間の浪人・医者の三人が、欲深い旅籠の主人を丸め込んで長逗留を始めるが、宿の美しい娘、御側小姓、嫉妬深い尼がからみ、策略は思わぬ方向へ転がる。天一坊の元祖とも呼ぶべき落胤騒動を軽妙に、人間の欲と滑稽さを交えて描く。
あらすじ
万治三年、備前岡山の旅籠半田屋に、小笠原金三郎を名乗る若い浪人、色黒の駒越左内、医者の奥野俊良の三人が泊まり、懐中が乏しいまま長逗留すると欲張りの主人九兵衛に申し出る。金三郎は藩主池田光政の落胤で、証拠に初代長光の脇差を持つと明かし、九兵衛は百両を預かって一行を福の神扱いし、一人娘のお綾を金三郎に勧める。帯刀御免や褒美、物産の御用まで皮算用して有頂天になる。しかしお綾には御側小姓の野末源之丞という恋人がいて、事の次第を密告する。金三郎が夜にお綾へ言い寄っているところへ、天王寺から尾けてきた尼の智栄尼が現れる。金三郎の出世のために三百両を出した尼は、裏切りに激しく嫉妬するが、俊良と左内に宥められる。翌朝、智栄尼は腹痛を訴えて血を吐いて死に、俊良の届け出で食あたりの頓死として火葬される。源之丞から報せを受けた家老池田出羽は、召し抱えたうえで切腹させるという内意を九兵衛に伝えさせる策を立てる。震え上がった三人は預けた金の大半を宿賃で引かれたまま夜陰に紛れて岡山を去り、二度と戻らなかった。作者は、金三郎が切腹覚悟で居直れば本当に召し抱えられたかもしれず、胆力試験に落第したので失敗に終わったのかもしれないと結ぶ。
登場人物
- 小笠原金三郎 光政の落胤を名乗る若い浪人。美しい娘に弱い
- 駒越左内 金三郎に従う色黒の浪人。女に目が利く
- 奥野俊良 旅医者で一行の参謀。智慧は回るが逃げ腰
- 半田屋九兵衛 岡山の旅籠の主人。欲張りで、損な話には聾になる
- お綾 九兵衛の一人娘(もらい子)。野末源之丞と言い交わしている
- 野末源之丞 藩主の御側小姓。お綾の恋人
- 智栄尼 天王寺の庵室の尼。金三郎に金を出し、激しく嫉妬する
- 池田出羽 岡山藩の家老。「智慧出羽」と呼ばれる
冒頭部(原文より)
徳川八代の将軍吉宗の時代(享保十四年)その落胤と名乗って源氏坊天一が出た。世上過ってこれを大岡捌きの中に編入しているのは、素より取るに足らぬけれど、それよりもズッと前、七十余年も遡って万治三年の頃に備前の太守池田新太郎少将光政の落胤と名乗って、岡山の城下へ乗込んだ浪人の一組があった。この方が落胤騒動としては先口で、云って見れば天一坊の元祖に当る訳。 大名の内幕は随分ダラケたもので、侍女下婢に馴染んでは幾人も子を産ませる。そんな事は決して珍らしくはなかったので、又この時代としては、血統相続という問題の為に、或は結婚政略の便宜の為に、子供は多い程結構なので、強ち現今の倫理道徳を以て標準とすべきでは無いのであるが、しかし、なんにしても国守大名が私生児の濫造という事は、決して感心した事件ではないのである。
「備前天一坊」江見水蔭(青空文庫)
末尾部(原文より)
有斐録に『出羽帰り候て御前に出で、云われ候は、殊の他御鬱ぎ遊ばされ、あれ程の事御心付き遊ばされずや、と申上げらる』とある。 金三郎、切腹覚悟の上にて、もう一度居据り直したらば、あるいは本統に召抱えられたかも知れぬので、その胆力試験に落第した為に、備前天一坊は失敗に終ったのかも。
「備前天一坊」江見水蔭(青空文庫)
原文を読む
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