糸女覚え書(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
侍女が記す奥方の最期
- 歴史
- 風刺
- 文字数
- 6,769字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 大阪府
この作品について
芥川龍之介の歴史小説。関ヶ原の合戦の直前、石田三成方に人質を求められた細川忠興の夫人・秀林院(細川ガラシャ)の最期を、仕える侍女の糸女が日付順の覚え書きに綴る。賢女ぶりを重んじ、南蛮渡りのものを好み、侍女たちを説教で悩ませる奥方の姿が、侍女の目を通して悲壮と滑稽の同居するものとして描かれる。文体は候文。「中央公論」1924(大正13)年1月号に発表。
あらすじ
慶長五年七月、大阪玉造の細川屋敷に仕える侍女が、主人の秀林院の最期に至る日々を、日付順に書きとめる。秀林院は南蛮渡りの品を好み、一刻ごとにラテン語の祈りを唱え、賢女ぶって侍女たちに「えそぽ物語」の説教をして悩ませる。石田三成方が東軍に与する大名の人質を取るという噂が広まり、留守居役の小笠原少斎と河北石見は右往左往する。尼の澄見は、城内かお隣の屋敷へ移るよう勧めるが、秀林院は夫の忠興の許しがない限り同意しないと突っぱねる。十六日、三成方から屋敷に、秀林院を渡せという使いが来る。秀林院は侍女たちに、切支丹の宗門に帰依するか、自分とともに死ぬかを迫る。侍女たちが帰依を誓うと、秀林院は安堵して伴は無用と許し、夫と子に宛てた書置きをしたためる。夜、敵が屋敷に迫り、小笠原少斎が介錯に参ると、秀林院は髪を巻き上げて覚悟を決める。侍女が屋敷を出たとき、屋敷にはすでに火の手が上がっていた。
冒頭部(原文より)
秀林院様(細川越中守忠興の夫人、秀林院殿華屋宗玉大姉はその法諡なり)のお果てなされ候次第のこと。 一、石田治部少の乱の年、即ち慶長五年七月十日、わたくし父魚屋清左衛門、大阪玉造のお屋敷へ参り、「かなりや」十羽、秀林院様へ献上仕り候。
「糸女覚え書」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
二十三、わたくしどもの御門を出で候節はもはやお屋敷に火の手あがり、御門の外にも人々大勢、火の光の中に集まり居り候。尤もこれは敵にては無之、火事を見に集まりたる人々のよし、又敵は伊賀を引きつれ、御最期以前に引きあげ候よし、いづれも後に承り申し候。まづは秀林院様お果てなされ候次第のこと、あらあら申し上げたる通りに御座候。
「糸女覚え書」芥川龍之介(青空文庫)
原文を読む
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