説経節とは
- 分類
- 形式・ジャンル
- 読み
- せっきょうぶし
中世から近世にかけて、僧が仏教の教えを説いた説経の語りが、芸能として発展した語り物。はじめは簓(ささら)などを鳴らしながら門付けや寺社の境内で語られ、江戸時代に入ると三味線の伴奏がつき、操り人形と結びついて説経浄瑠璃と呼ばれる芝居になった。代表的な演目は「五説経」と総称され、資料によって顔ぶれは異なるが、『さんせう太夫』『かるかや』『小栗判官』『しんとく丸』『愛護若』などが挙げられる。神仏の前世の苦難を語る本地物の形をとるものが多く、親子や夫婦の別れ、離散した家族の再会などを主題とし、主人公が激しい苦難を乗り越える筋が多い。『さんせう太夫』は、人買いに売られた姉弟が、山椒大夫のもとで過酷な労働を強いられる物語で、森鷗外はこれを素材に、大正4年(1915年)に小説『山椒大夫』を発表している。『しんとく丸』の伝承は、謡曲『弱法師』とも通じ、折口信夫の『身毒丸』(大正6年)の素材ともなった。説経浄瑠璃は寛文年間(1661〜73年)から元禄ごろにかけて京・大坂・江戸で栄えたが、18世紀に入ると義太夫節の人形浄瑠璃に押されて急速に衰えた。のちに説経祭文などの形で江戸近郊に伝えられ、現在も東京都の八王子などで語り継がれている。