詞花和歌集とは

分類
形式・ジャンル
読み
しかわかしゅう

六番目の勅撰和歌集。天養元年(1144年)に崇徳院の命を受けた藤原顕輔が撰び、仁平元年(1151年)ごろに成立した。『金葉和歌集』と同じく10巻の構成で、約400首を収め、八代集の中で最も歌数が少ない。部立ては春・夏・秋・冬・賀・別・恋・雑から成る。同時代の歌人よりも前代の歌人を重んじ、曾禰好忠・和泉式部の歌が多く採られた。『金葉和歌集』の新奇さに比べて全体に穏やかで保守的とされる一方、平明で清新な歌もあり、評価は分かれる。撰歌には当時から批判があり、藤原為経が『後葉和歌集』を編んで対抗したことも知られる。撰者の顕輔は藤原顕季の子で、歌の家として知られる六条藤家を継いだ。下命者の崇徳院は自らもすぐれた歌人であったが、のちに保元の乱に敗れて讃岐へ流された。その霊が西行の前に現れる場面を描いたのが、上田秋成『雨月物語』の「白峯」である。『小倉百人一首』には本集から5首が採られ、崇徳院の「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ」、伊勢大輔の「いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重ににほひぬるかな」などがある。

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