四季とは
- 分類
- 結社・団体
- 読み
- しき
昭和8年(1933年)5月、堀辰雄が季刊誌として創刊した詩誌。2冊で途絶えたが、昭和9年(1934年)10月、三好達治・丸山薫・堀辰雄の共同編集による月刊誌として再出発し、昭和19年(1944年)まで81冊を重ねた。プロレタリア文学とモダニズムが相次いで退いたあとの時代に、政治のイデオロギーからも文壇ジャーナリズムからも距離を置き、ヨーロッパの詩の正しい理解のうえに日本の抒情詩の正統を守ろうとした点に特色がある。萩原朔太郎・室生犀星ら先行世代の詩人も寄稿し、堀辰雄に見出されソネットを日本語で美しく響かせた立原道造、フランス象徴詩とランボーに傾倒した中原中也、津村信夫・伊東静雄らが集って、昭和10年代の抒情詩復興の中心となった。ここに拠った詩人たちは「四季派」と呼ばれる。三好達治は『測量船』(昭和5年)ですでに端正な抒情を示しており、立原道造の『萱草に寄す』(昭和12年)や中原中也の遺稿詩集『在りし日の歌』(昭和13年)が、その繊細で音楽的な詩風を代表する。