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ああ華族様だよ と私は嘘を吐くのであった(渡辺温)のあらすじ・登場人物

横浜居留地の退廃的な一夜

  • 心理

渡辺温 1929年(昭和4年)4月 「講談雑誌」

文字数
3,066字
読了目安
約6分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 神奈川県

この作品について

モダニズム作家・渡辺温が1929年(昭和4年)、「講談雑誌」に発表した掌編。旧ロシア帝室の元舞踏師を名のる流浪のコーカサス人アレキサンダーに案内され、「私」が横浜の居留地の盛り場をさまよう一夜を描く。異国の酒場やダンスホール、外国人相手の娼館が織りなす退廃と哀愁のなかで、「ああ、華族様さ。けれども男爵だよ」と嘘をつく「私」の甘い虚言に、生と死、愛と欲望のうらはらが重ね合わされる。モダニズムの感覚と幻想的な抒情が溶け合った、渡辺温らしい一編である。

あらすじ

ある晩、「私」は下宿の隣室に住むアレキサンダー君に誘われて、初めて横浜へ遊びに出かける。アレキサンダー君は、旧ロシア帝室付きの舞踏師だったと自称する、眉目秀麗だが貧しいコーカサス人で、革命後に上海を経て日本へ流れ着き、今は銀座裏の西洋料理店でセロを弾いて糊口をしのいでいる。二人は山下町の中華街の酒場でビールを飲み、外国人娼婦たちと戯れ、ダンスホールをはしごしながら、酔いにまかせて夜の居留地をさまよう。やがて娼館を求めて本牧へと流れ着いた「私」は、けばけばしく着飾った女たちの中から、ただ一人、笑いかけもせず、蒼い顔で脆弱な花のようにうつむいている、痩せた女を選ぶ。寝室で女は、自分は重い病にかかっていて、死ぬかもしれないと打ち明ける。「私」は「ああ、華族様さ。けれども男爵だよ」と身分を偽り、「君が死ねば、僕だつて死ぬよ」と甘くささやいて、その頬を抱きしめる。肺を病んだ娼婦の哀れさと、それを包む「私」の嘘の優しさ——愛と欲望、そして死とがうらはらに溶け合う一夜を、モダニズムの感覚で描いた退廃的な抒情譚である。

登場人物

冒頭部(原文より)

 その晩、私は隣室のアレキサンダー君に案内されて、始めて横浜へ遊びに出かけた。  アレキサンダー君は、そんな遊び場所に就いてなら、日本人の私なんぞよりも、遙かに詳かに心得ていた。  アレキサンダー君は、その自ら名告るところに依れば、旧露国帝室付舞踏師で、革命後上海から日本へ渡って来たのだが、踊を以て生業とすることが出来なくなって、今では銀座裏の、西洋料理店某でセロを弾いていると云う、つまり街頭で、よく見かける羅紗売りより僅かばかり上等な類のコーカサス人である。

「ああ華族様だよ と私は嘘を吐くのであった」渡辺温(青空文庫)

末尾部(原文より)

『ああ、華族様さ。けれども男爵だよ。』と、私は嘘を吐くのであった。 『そう、いいわねえ。』彼女の声は風のように鳴った。 『君、病気なんだね。肺病だろう?』 『ごめんなさいね――あたし、死ぬかもわからないの。』 『いいよ、いいよ。君が死ねば、僕だって死ぬよ。』 『まあ――調子がいいわね。』私は彼女の、小さな頭を胸の中に抱いた。

「ああ華族様だよ と私は嘘を吐くのであった」渡辺温(青空文庫)

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