雨ニモマケズ(宮沢賢治)のあらすじ・登場人物
無私と献身への祈りの詩
- 文字数
- 343字
- 読了目安
- 約1分
- 表記
- 新字旧仮名
この作品について
宮沢賢治が手帳に鉛筆で書き残した詩。1931年(昭和6年)11月、病の床にあった賢治が記したもので、生前は発表されず、没後の1934年(昭和9年)に発見されて世に知られた。雨にも風にも負けず、欲を持たず、いつも静かに笑い、粗食に甘んじながら、東西南北に苦しむ人があれば駆けつけて助け、それでいて「デクノボー」と呼ばれ、褒められも苦にもされない——そんな人間に「ワタシハナリタイ」と、賢治が心に描いた理想の生き方を、カタカナと平易な言葉でつづる。法華経への深い信仰に裏打ちされた、無私と献身への祈りにも似た絶唱として、日本人にもっとも親しまれている詩の一つである。
あらすじ
「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」——誰もが口ずさめるこの一節から、詩ははじまる。丈夫な体を持ち、欲がなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている。一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ、あらゆることを自分の勘定に入れずによく見聞きし、そして忘れない。野原の松林の陰の小さな萱ぶきの小屋に住み、東に病気の子どもがあれば行って看病し、西に疲れた母があれば行ってその稲の束を背負い、南に死にそうな人があれば行って怖がらなくてもいいと言い、北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろと言う。日照りのときは涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き、みんなに「デクノボー」と呼ばれ、褒められもせず、苦にもされない。そういうものに、わたしはなりたい——。名利を離れ、ひたすら他者のために生きようとする無私の理想が、飾らないカタカナの言葉で淡々と、しかし切実にうたわれる。末尾には南無妙法蓮華経をはじめとする題目が連ねられ、この祈りが賢治の法華経信仰に深く根ざしていたことを示している。病身の賢治が誰にも見せることなく手帳に書きつけたこの詩は、彼の死後に発見され、いまも多くの人の心の支えとなっている。
冒頭部(原文より)
雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル
「雨ニモマケズ」宮沢賢治(青空文庫)
末尾部(原文より)
ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ
「雨ニモマケズ」宮沢賢治(青空文庫)
名文
雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋ラズ
手帳に書きつけられ、没後に見出された賢治の祈りの詩。素朴な言葉で理想の生き方をうたい、今なお愛誦される。
ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ
手帳に書きつけられた詩の結び。褒められも苦にもされず、ただ「デクノボー」と呼ばれる者でありたいと願う。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。