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鮎の食い方(北大路魯山人)のあらすじ・登場人物

鮎は塩焼きこそが本道である

北大路魯山人 1932年(昭和7年) 「星岡」

文字数
2,270字
読了目安
約5分
表記
新字新仮名
種別
随筆

この作品について

美食家として知られる北大路魯山人の食味随筆。鮎はまず三、四寸ものの塩焼きが本道だとしつつ、生きた新鮮な鮎を素人が上手に串打ちして焼くことの難しさを説き、家庭で鮎が焼けないのは恥ではないと言い切る。さらに幼時に京都で知った鮎の洗いづくりの美味や、加賀・山中温泉での思い出を交えながら、味と形の美は切り離せないという持論を、歯切れのよい口調で語る。

あらすじ

魯山人はまず、東京の家庭では美味い鮎はまず焼けないと断ずる。鮎は水を切るとすぐ弱るように思われがちだが、実は俎上で頭をはねても跳ねるほど元気で、ぬめって串打ちも難しく、やわらかい炭火では尾鰭を焦がして台なしにしてしまう。ゆえに鮎を美味く食うには産地の一流どころに頼るほかない、と説く。一方で魯山人は、子どもの頃に京都で見た、三井家が鮎の身だけを洗いにして食べた贅沢に驚いた思い出を語り、のちに加賀の山中温泉の増喜楼で存分に鮎の洗いを味わって、その美味に得心したことを回想する。鮎からいわなの洗いを思いついた工夫にも触れつつ、結局、鮎は熱い塩焼きをガブッとやるのが最上だと結ぶ。

冒頭部(原文より)

 いろいろな事情で、ふつうの家庭では、鮎を美味く食うように料理はできない。鮎はまず三、四寸ものを塩焼きにして食うのが本手であろうが、生きた鮎や新鮮なものを手に入れるということが、家庭ではできにくい。地方では、ところによりこれのできる家庭もあろうが、東京では絶対にできないといってよい。東京の状況がそうさせるのである。仮に生きた鮎が手に入るとしても、素人がこれを上手に串に刺して焼くということはできるものではない。  鮎といえば、一般に水を切ればすぐ死んでしまうという印象を与えている。だから、非常にひよわなさかなのように思われているが、その実、鮎は俎上にのせて頭をはねても、ぽんぽん躍り上がるほど元気溌剌たる魚だ。

「鮎の食い方」北大路魯山人(青空文庫)

末尾部(原文より)

 やはり、鮎は、ふつうの塩焼きにして、うっかり食うと火傷するような熱い奴を、ガブッとやるのが香ばしくて最上である。

「鮎の食い方」北大路魯山人(青空文庫)

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