熊野奈智山(若山牧水)のあらすじ・登場人物
雨の熊野灘を行く
- 文字数
- 11,793字
- 読了目安
- 約24分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 和歌山県
この作品について
若山牧水の熊野・那智山への旅を綴った紀行文。船で海を行き、雨にけむる断崖と那智の宿の夜を描く。結びに、宿屋で偶然起きた小さな出来事が置かれる。
あらすじ
眼の覚めたまま船室の天井を眺めていると、船は大分揺れている。隣の母子連れの女客が疲れた声で折々吐いている。甲板に出ると細かい雨が降り、沖は白い雲に閉ざされ、左手にはすぐ近くに切りそいだような断崖が迫って、波が白く上がっている。しっとりとした大気の中で、身に浸みる鮮やかさが漂い、眼も心も冴えてくる。やがて那智の山に着き、宿屋の夜を過ごす。終わりには、昨日の夕方、那智の宿屋で襖の間から自分を覗いていった人が、汽船で同室になり、酒の壜を提げてきまり悪そうに挨拶に来るという出来事が語られる。
冒頭部(原文より)
眼の覺めたままぼんやりと船室の天井を眺めてゐると、船は大分搖れてゐる。徐ろに傾いては、また徐ろに立ち直る。耳を澄ましても濤も風も聞えない。すぐ隣に寢てゐる母子づれの女客が、疲れはてた聲でまた折々吐いてゐるだけだ。半身を起して見すと、室内の人は悉くひつそりと横になつて誰一人煙草を吸つてる者もない。
「熊野奈智山」若山牧水(青空文庫)
末尾部(原文より)
その翌日、山を降りて再び勝浦に出た。そしてその夜志摩の鳥羽に渡るべく汽船の待合所に行つて居ると、同じく汽船を待つらしい人で眼の合ふごとにお辭儀をする一人の男が居る。見知らぬ人なので、此處でもまた誰かと間違へてゐると思ひながら、やがて汽船に乘り込むとその人と同室になつた。船が港を出離れた頃、その人は酒の壜を提げていかにもきまりの惡さうなお辭儀をしい/\私の許へやつて來た。 その人が、昨日の夕方、奈智の宿屋で襖の間から私を覗いて行つた人であつた。
「熊野奈智山」若山牧水(青空文庫)
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