若山牧水の生涯と代表作
旅と酒と歌と
- 生没
- 1885–1928
- 出身
- 宮崎県
- 文学史
- 自然主義
- Wikipedia
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略歴
1885年(明治18年)、宮崎県東臼杵郡東郷村坪谷(現在の日向市)に生まれる。本名は繁(しげる)。号の「牧水」は母の名「マキ」と、幼い日に親しんだ渓の水に由来するという。早稲田大学英文科に学び、在学中から尾上柴舟に師事して短歌を作った。同級の北原白秋とは終生の親友であり、下宿を共にして文学に励んだ。1908年(明治41年)に第一歌集「海の声」、1910年(明治43年)には代表作「別離」を刊行、「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」「幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく」などの名歌で一躍歌壇の花形となった。旅と酒をこよなく愛し、自然と旅情をうたう平明清新な作風で広く親しまれ、生涯に多くの歌集と紀行文を残した。歌誌「創作」を主宰。石川啄木とも親交があり、その臨終に立ち会った一人でもある。晩年は静岡県沼津に居を構え、1928年(昭和3年)、四三歳で没した。1910年には歌誌「創作」を発刊し、作品の発表と後進の育成に取り組んだ。歌集に加えて「みなかみ紀行」などの散文も残し、旅の移動そのものや土地の自然を、短歌と紀行の両方で描いている。沼津へ移った後も各地への旅を続けた。