渓をおもふ(若山牧水)のあらすじ・登場人物
疲れた心に浮かぶ渓
- 文字数
- 3,370字
- 読了目安
- 約7分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
若山牧水が、疲れた心の底に浮かぶ山深い渓谷の面影を綴った随筆。渓流への愛着は牧水の紀行文や歌に共通する主題で、この小品はその心の原点を示す。冒頭に自作の短歌を掲げ、都会生活での疲労と渓への憧れが語られる。
あらすじ
「疲れはてしこころのそこに時ありてさやかにうかぶ渓のおもかげ」など四首の歌が冒頭に置かれる。二、三年前、やはり夏の真ん中にこうした歌を詠んだことを筆者は思い出す。いま、さらに心の疲れを感じており、渓は一層なつかしいものとなっている。机にもたれてぼんやりしているとき、汗を拭き拭き街中を歩いているとき、山深い奥を流れる小さな渓の姿を、まぼろしのように思い描き、言いようのない苦痛を覚える。渓のまぼろしは、心が正しく静かに澄んだときにあらわれ、孤独と寂寥の喜びを与えるという。生家の前を流れる故郷の渓のことも、いつか書きたいと結ぶ。
冒頭部(原文より)
疲れはてしこころのそこに時ありてさやかにうかぶ渓のおもかげ いづくとはさやかにわかねわがこころさびしきときし渓川の見ゆ 独りゐてみまほしきものは山かげの巌が根ゆける細渓の水 巌が根につくばひをりて聴かまほしおのづからなるその渓の音
「渓をおもふ」若山牧水(青空文庫)
末尾部(原文より)
狭い両岸にはもうほの白く雪が来てゐた。断崖の蔭の落葉を敷いて、ちょろ/\、ちょろ/\と流れてゆくその氷の様になめらかな水を見、斑らな新しい雪を眺めた時、何とも言へぬこゝろに私は身じろぎすら出来なかつた事を覚えてをる。いま思ひ出しても神の前にひざまづく様な、ありがたい尊い心になる。水のまぼろし、渓のおもかげ、それは実に私の心が正しくある時、静かに澄んだ時、必ずの様に心の底にあらはれて私に孤独と寂寥のよろこびを与へて呉れる。 渓の事はまだ沢山書き度い。別しても自分の生れた家のすぐ前を流れてゐる故郷の渓の事など。更にまたこれからわけ入つて見たいと思ふ其処此処の河の上流のことなど。
「渓をおもふ」若山牧水(青空文庫)
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