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団栗(寺田寅彦)のあらすじ・登場人物

小石川の植物園とどんぐり

寺田寅彦 1905年(明治38年)4月 「ホトトギス」

文字数
4,591字
読了目安
約9分
表記
新字新仮名
種別
随筆
舞台
  • 東京都

この作品について

物理学者で随筆家の寺田寅彦が1905年(明治38)4月に『ホトトギス』へ発表した初期の随筆。夏目漱石の紹介で同誌に寄稿を始めた時期の作品で、題材は身辺の記憶にある。若い夫婦の暮らしと、小石川の植物園でどんぐりを拾う場面を中心に、静かな筆致で綴る。観察の細やかさと感情を抑えた文体が、後年の寺田随筆の出発点を示している。

あらすじ

暮れも押し詰まったある晩、下谷の縁日から帰った妻が、突然血を吐いて倒れる。まだ一介の書生にすぎない「余」は、逃げ出した下女に代わってやってきた美代という気立てのやさしい女中に助けられながら、肺を病んだ妻の看病と貧しい年越しの支度に追われる。年が明けても妻の容体はよくも悪くもならぬまま、二人は静かな日々を送る。ある冬の日、「余」は妻を連れて小石川の植物園へ出かける。池のほとりを歩くうち、妻は道わきの落ち葉の中に無数のどんぐりを見つけ、しゃがみ込んで夢中で拾い始める。ハンカチにいっぱい包んでもまだ足りず、「余」のハンカチまで借りて拾い集める妻の、子どものように無邪気な姿——。そのどんぐりを拾って喜んだ妻は、もういない。妻の死後、六つになる忘れ形見のみつ坊を連れて同じ植物園を訪れた「余」は、母そっくりにどんぐりを拾って頬を赤らめる我が子の横顔に、亡き妻の面影をありありと見いだすのだった。

冒頭部(原文より)

 もう何年前になるか思い出せぬが日は覚えている。暮れもおし詰まった二十六日の晩、妻は下女を連れて下谷摩利支天の縁日へ出かけた。十時過ぎに帰って来て、袂からおみやげの金鍔と焼き栗を出して余のノートを読んでいる机のすみへそっとのせて、便所へはいったがやがて出て来て青い顔をして机のそばへすわると同時に急に咳をして血を吐いた。驚いたのは当人ばかりではない、その時余の顔に全く血のけがなくなったのを見て、いっそう気を落としたとこれはあとで話した。

「団栗」寺田寅彦(青空文庫)

末尾部(原文より)

 どんぐりを拾って喜んだ妻も今はない。お墓の土には苔の花がなんべんか咲いた。山にはどんぐりも落ちれば、鵯の鳴く音に落ち葉が降る。ことしの二月、あけて六つになる忘れ形身のみつ坊をつれて、この植物園へ遊びに来て、昔ながらのどんぐりを拾わせた。こんな些細な事にまで、遺伝というようなものがあるものだか、みつ坊は非常におもしろがった。五つ六つ拾うごとに、息をはずませて余のそばへ飛んで来て、余の帽子の中へひろげたハンケチへ投げ込む。だんだん得物の増して行くのをのぞき込んで、頬を赤くしてうれしそうな溶けそうな顔をする。争われぬ母の面影がこの無邪気な顔のどこかのすみからチラリとのぞいて、うすれかかった昔の記憶を呼び返す。

「団栗」寺田寅彦(青空文庫)

名文

亡妻のあらゆる短所と長所、どんぐりのすきな事も折り鶴のじょうずな事も、なんにも遺伝してさしつかえはないが、始めと終わりの悲惨であった母の運命だけは、この子に繰り返させたくないものだと、しみじみそう思ったのである。

寺田寅彦『団栗』(1905年)の結び。若くして逝った妻の忘れ形見がどんぐりを拾う姿に、妻の面影を重ねる。抑えた筆致で悲しみを語らず、子の行く末への祈りで閉じる。寅彦の初期の小品。

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