寺田寅彦の生涯と代表作

科学する随筆

生没
1878–1935
出身
高知県
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略歴

1878年(明治11年)、東京に生まれ、父の郷里である高知県で少年期を過ごした。第五高等学校で夏目漱石と物理学者・田丸卓郎に学び、漱石からは俳句の手ほどきを、田丸からは物理学の魅力を教えられて、生涯その二つを愛した。東京帝国大学理科大学を卒業後、同大学教授・理化学研究所研究員として地球物理学や実験物理学の研究に打ち込み、X線と結晶に関する研究などで国際的に知られた。かたわら漱石門下の一人として文筆にも親しみ、吉村冬彦などの筆名で、科学者の鋭い観察眼とやわらかな情趣を兼ねそなえた随筆を数多く発表した。亡妻をしのぶ抒情的な小品「団栗」から、科学と文明を論じた「天災と国防」「化物の進化」「日本人の自然観」といった名随筆まで幅広い作品を残し、近代随筆に独自の境地を開いた。「天災は忘れた頃にやってくる」という警句が、弟子の中谷宇吉郎の証言などを通じて伝えられ、防災科学の先駆者と仰がれる。連句や俳諧、絵画、音楽にも通じた多才の人であった。1935年(昭和10年)、五七歳で没した。防災に関する文章では、自然の現象だけでなく、人間が作った都市や文明の仕組みにも目を向けた。身近な出来事の観察から広い問いへ進む随筆の書き方は、科学と文学の接点を考える手がかりになっている。

収録作品

翻訳・現代語訳

名文

寺田寅彦の名文

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