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科学者とあたま(寺田寅彦)のあらすじ・登場人物

科学者は頭が悪くなくてはいけない

寺田寅彦 1933年(昭和8年)10月 「鉄塔」

文字数
3,832字
読了目安
約8分
表記
新字新仮名
種別
随筆

この作品について

「科学者はあたまが悪くなくてはいけない」——寺田寅彦がある老科学者の口を借りて語る、有名な逆説の随筆。頭のいい人は足の早い旅人のようなもので、途中の道ばたにある肝心なものを見落とす。物わかりの悪い田舎者であることこそ研究者に必要だと説く一編は、いまも科学教育の場でくり返し引かれている。

あらすじ

「科学者になるには『あたま』がよくなくてはいけない」——これは世間がよく口にする命題である。だが一方で「科学者はあたまが悪くなくてはいけない」という命題も、ある意味ではやはりほんとうだ。寺田は親しい老科学者の言葉として、この二つの見かけ上のパラドックスを解いてゆく。論理の鎖のひとつの輪も取り落とさず、岐路で進むべき道を誤らないためには、たしかに正確で緻密な頭脳がいる。しかし同時に、誰にでも分かりきったと思える尋常茶飯事のなかに、何かしら不可解な疑点を見つけて苦吟することのほうが、研究者にはいっそう重要なのだ。頭のいい人は足の早い旅人のようなもので、人より先に行き着ける代わりに、道ばたやわき道の肝心なものを見落とす。頭の悪い人が、ずっとあとから来てわけもなくその宝物を拾ってゆくことがある。頭のいい人は富士のすそ野から頂上を眺めただけで全体をのみ込んで帰ってしまうが、頭の悪い人は一歩ずつ登って予期しない大森林や谷や噴火口を見る——そう寺田は説く。さらに、自然という書物を読むには「あたま」だけでなく手と足と眼が要ること、独創には不遇や失敗が糧となること、そして科学が人間の知恵のすべてだと思い誤ってはならないことが語られる。老子やソクラテスや芭蕉や広重の世界は、科学の国土がまだ通路を持たぬ人間の事実なのだ、と。

冒頭部(原文より)

 私に親しいある老科学者がある日私に次のようなことを語って聞かせた。 「科学者になるには『あたま』がよくなくてはいけない」これは普通世人の口にする一つの命題である。これはある意味ではほんとうだと思われる。しかし、一方でまた「科学者はあたまが悪くなくてはいけない」という命題も、ある意味ではやはりほんとうである。

「科学者とあたま」寺田寅彦(青空文庫)

末尾部(原文より)

 この老科学者の世迷い言を読んで不快に感ずる人はきっとうらやむべきすぐれた頭のいい学者であろう。またこれを読んで会心の笑みをもらす人は、またきっとうらやむべく頭の悪い立派な科学者であろう。これを読んで何事をも考えない人はおそらく科学の世界に縁のない科学教育者か科学商人の類であろうと思われる。

「科学者とあたま」寺田寅彦(青空文庫)

名文

頭のいい人には恋ができない。恋は盲目である。科学者になるには自然を恋人としなければならない。自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである。

科学者に必要な資質を逆説で語った随筆の一節。自然を恋人とし、盲目なまでに打ち込む者にだけ自然は秘密を明かすと説く。

けがを恐れる人は大工にはなれない。失敗をこわがる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。

同じ随筆の一節。失敗を恐れない「頭の悪い」者たちの数知れない犠牲の上に科学が築かれてきたことを、壮絶な比喩で語る。

つまり、頭が悪いと同時に頭がよくなくてはならないのである。

随筆の結論にあたる一文。愚直に自然に向き合う「頭の悪さ」と、正確な観察と推理の「頭のよさ」とを兼ね備えねばならないとする、寅彦の科学観の要。

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