日本人の自然観(寺田寅彦)のあらすじ・登場人物
災禍と恵みが育てた自然観
- 文字数
- 22,171字
- 読了目安
- 約44分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
物理学者・寺田寅彦が晩年に書いた本格的な文明論的随筆。1935年(昭和10年)、没する直前に「東洋思潮」へ発表された。日本人が「日本の自然」をどのように見、どのように反応してきたかを、地球物理学者ならではの視点から広く深く論じる。日本の風土が、豊かで穏やかであると同時に地震・台風・洪水など苛烈な災禍をもたらす二面性を持つことに注目し、その自然と長く付き合ってきたことが、日本人の芸術・宗教・生活のあらゆる面に独特の自然観を育んだと説く。人間と自然を切り離さず一つの有機体としてとらえる寺田の思想が凝縮された、代表的な論考である。
あらすじ
「日本人の自然観」という与えられた課題は、一見平明でありながら、よく考えると存外あいまいであると寺田寅彦は説き起こす。自然の相貌は地上のいたるところで驚くほど多様であり、「日本の自然」も九州と東北ではまるで異なる。同じように「日本人」という言葉の内容も一様ではない。それでも寺田は、地方的特性を総括した「一般的日本人」の自然観を考察しようと試みる。人間は自然のふところに長い歳月をかけてはぐくまれ、その環境に適応するよう育て上げられてきた——だから人と自然は本来切り離せない一つの有機体である、というのが議論の根底に置かれる。寺田は、四季の変化に富み、豊かな恵みをもたらすと同時に地震・台風・洪水など苛烈な災禍をも突きつける日本の自然の二面性に着目し、それがいかに日本人の芸術・宗教・言語・生活を形づくってきたかを、具体的な事象に即して縦横に論じてゆく。西洋の衣食住や思想を模しただけで日本人の特質や風土までが変わるように思うのは粗忽であり、日本のあらゆる特異性を認識してそれを生かしつつ環境に適応させることこそ日本人の使命であると結ぶ。「世界から桜の花が消えてしまえば世界はやはりそれだけさびしくなる」——晩年の寺田の自然思想が静かに結晶した一篇である。
冒頭部(原文より)
緒言 「日本人の自然観」という私に与えられた課題の意味は一見はなはだ平明なようで、よく考えてみると実は存外あいまいなもののように思われる。筆を取る前にあらかじめ一応の検討と分析とを必要とするもののようである。 これは、日本人がその環境「日本の自然」をいかに見ていかに反応するか、ということ、またそれが日本人以外の外国人がそれぞれの外国の自然に対する見方とそれに対する反応しかたと比べていかなる特色をもつかということを主として意味するように思われる。そうして第二次的には外国人が日本の自然に対する見方が日本人とどうちがうかということも問題になりうるわけである。
「日本人の自然観」寺田寅彦(青空文庫)
末尾部(原文より)
余談ではあるが、皮膚の色だけで、人種を区別するのもずいぶん無意味に近い分類である。人と自然とを合して一つの有機体とする見方からすればシナ人と日本人とは決してあまり近い人種ではないような気もする。また東洋人とひと口に言ってしまうのもずいぶん空虚な言葉である。東洋と称する広い地域の中で日本の風土とその国民とはやはり周囲と全くかけ離れた「島」を作っているのである。 私は、日本のあらゆる特異性を認識してそれを生かしつつ周囲の環境に適応させることが日本人の使命であり存在理由でありまた世界人類の健全な進歩への寄与であろうと思うものである。世界から桜の花が消えてしまえば世界はやはりそれだけさびしくなるのである。
「日本人の自然観」寺田寅彦(青空文庫)
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