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ゴオガンに宛てたフアン ゴツホの手紙(一八八八年)(ゴッホ)のあらすじ・登場人物

寝室の絵を語るアルルの便り

  • 翻訳

ゴッホ 訳者 高村光太郎 1921年(大正10年)4月

文字数
985字
読了目安
約2分
表記
旧字旧仮名
種別
随筆

この作品について

1888年の秋、南仏アルルに住んでいたゴッホが、自分の家での共同生活のために来訪を待つゴーガンへ書き送った手紙を、高村光太郎が訳したもの。目の疲れで休んだあとに描いた自分の寝室の絵について、壁の薄紫、黄色の椅子と寝台、血のような赤の掛け布団と色を一つずつ挙げ、平らな色調で「絶対な休息」を表そうとした意図を語る。のちに「アルルの寝室」として知られる絵の制作を、画家自身の言葉で伝える一通である。1921年4月に叢文閣から出た高村訳『回想のゴツホ』に収められた。

あらすじ

ゴッホはまずゴーガンの手紙に礼を述べ、二十日には来るという約束に感謝し、体調が悪いなら旅を延ばすのも無理はないと気づかう。そのうえで、秋の色とりどりの土地を汽車で通り過ぎるゴーガンの旅をうらやみ、自分がパリからアルルへ来たときには、まるで日本に来たように感じたと回想する。目の疲れのため二日半休んでから仕事に戻り、白木の家具のある自分の寝室を三十号の画布に描いたことを報告し、壁は薄紫、床は赤、椅子と寝台は黄、枕と敷布は薄い緑黄、掛け布団は血のような赤と、色の配置を詳しく説明して、これらの色の調子で絶対の休息を表そうとしたと語る。夢遊病のように仕事をしていて自分のしていることが分からないこともあると打ち明け、寒くなってきたことや、冬のために画室に瓦斯を引いたことを伝える。悪風の吹く日に来ればアルルが嫌になるかもしれないが、ここの詩が分かるには長くかかるとし、まだ居心地の良くない家も二人で少しずつ整えてゆこうと呼びかけて、手紙を結ぶ。

冒頭部(原文より)

 ゴオガン兄  お手紙ありがたう。殊に二十日には來るといふ兄の約束に感謝する。たしかに、兄の言ふ理由(ゴオガンの痢病)は、愉快な汽車旅行をさせないに違ひない。厭な思をせずに旅行の出來るまで兄の旅行を延ばすとしても無理ではない。しかし、其を別にすれば、私はこの秋のすばらしい色々違つた自然の諸國の土地々々を通りすがりに兄に見せる旅行が殆ど羨ましい。此冬パリからアアルへ來た途中で受けた感動を私はいつでも今だに自分の記憶の中に持つてゐる。まるで既に日本にでも來たやうに見した事だつた。兒戲のやうだが。  そこで、此間私の視力が變に疲れた事を書きましたね。ところで、私は二日半休息して、それから又仕事にかかつた。だがまだ野天へ出る事は敢てしない。私は、いつも例の裝飾の爲だが、兄の知つてゐる白木の家具のある私の寢室を三十號の畫布にかいた。

「ゴオガンに宛てたフアン ゴツホの手紙(一八八八年)」ゴッホ(青空文庫)

末尾部(原文より)

 冬になつても明るい燈火のあるやうに畫室へ瓦斯を取りつけた。  事によると兄が惡風の吹く時に來たら、アアルが厭になりはせぬかと思ふ。だが待ちたまへ……………此所の詩が本當に分かるには長くかかるのだ。  兄は此家がまだそんなに氣持よくはないと思ふだらうが、其は少しづつ二人でしてゆかう。隨分金がかかるからね。一息にはゆかない。兎に角、一度此所へ來れば、惡風の休みの時、兄は私と同じく此秋の效果を畫きたくてたまらなくなるだらう。そして私が兄の來る事をこんなに主張する所以が分るだらう。少し好い日のつづく時は。  それでは又。一切兄の フインセント

「ゴオガンに宛てたフアン ゴツホの手紙(一八八八年)」ゴッホ(青空文庫)

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