牧羊神(上田敏)のあらすじ・登場人物
笙を吹く牧羊の神
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- 30,894字
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この作品について
上田敏の訳詩集で、没後の1920年(大正9年)10月に金尾文淵堂から刊行された。先に出た『海潮音』(1905年)に続く訳詩の仕事を集めた一冊にあたる。巻頭の表題作「牧羊神」は、昼さがりの丘で山羊の脚をもつ牧羊の神パアンが笙を吹く情景から始まり、笙の音を「ちよう、りよう、ふりよう」と写す擬音をふんだんに織り込んだ文語の散文で書かれている。『海潮音』とは異なる、ゆるやかな調子の文章が続くのが目を引く。
あらすじ
1916年(大正5年)に41歳で急逝した上田敏が、「海潮音」ののちも折々に発表してきた訳詩を、遺族の手で一巻に編んだ遺稿詩集である。巻頭には、丘の森陰で笙を吹く半獣の牧神パーンを「ちよう、りよう、ふりよう」と自在の擬音でうたう表題作「牧羊神」を置き、ギリシア神話の世界から説き起こす。以下、古代ギリシアの詩やダンテ、イギリス・ドイツの詩を経て、ヴェルレーヌ、マラルメ、グールモン、レニエ、フランシス・ジャムらフランス象徴派の詩へと至る構成は、さながらヨーロッパ詩の小さな歴史絵巻の趣がある。七五調を基とした「海潮音」の格調に加えて、本書では口語を活かした散文詩の訳にも新境地を示し、樹々に「わたしの悲しい心の悦」と繰り返し呼びかける巻末の散文詩まで、ことばの音楽はいっそう自在である。訳詩をひとつの創作へと高めた上田敏の到達点として、「海潮音」と並び称される一冊である。
冒頭部(原文より)
阜の上の森陰に直立ちて 牧羊の神パアン笙を吹く。 晝さがりの日暖かに、風も吹きやみぬ。 天青し、雲白し、野山影短き 音無の世に、たゞ笙の聲、 ちよう、りよう、ふりよう、 ひうやりやに、ひやるろ、 あら、よい、ふりよう、るり、 ひよう、ふりよう、 蘆笛の管の簧、 震ひ響きていづる音に、 神も昔をおもふらむ。 髯そゝげたる相好は、 翁さびたる咲まひがほ、 角さへみゆる額髮、 髮はらゝぎて、さばらかに、 風雅の心浮べたる ――耳も山羊、脚も山羊―― 半獸の姿ぞなつかしき。
「牧羊神」上田敏(青空文庫)
末尾部(原文より)
死より生れて、死の僧となつた水松の木よ、おまへの枝は骨だ。 つるつるした墓石の枕元にある免罪符をおもひだす永久の鎭魂歌。 わたしの爲に祈つてくれ、翁びた水松の木よ、憐愍深き木、わたしの悲しい心の悦。 御主の冠となつた荊棘の木よ、血塗の王の額に嵌めた見窄らしい冠。 憐愍の房の血に赤く染つた尊い荊棘。 愛の荊棘よ、末期の苦の時、この罪ある心の中にその針を突き通し給へ。 敬愛すべき荊棘の木、わたしの悲しい心の悦。
「牧羊神」上田敏(青空文庫)
原文を読む
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