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海潮音(上田敏)のあらすじ・登場人物

「山のあなた」を訳した詩集

  • 翻訳

上田敏 1905年(明治38年)10月

文字数
25,285字
読了目安
約51分
表記
新字旧仮名

この作品について

上田敏が1905年(明治38年)10月に本郷書院から刊行した訳詩集。巻頭の序によれば、収めたのは詩57章、詩人29人で、フランスが14人と最も多く、ほかにイタリア、イギリス、ドイツ、プロヴァンスの詩人が並ぶ。上田は高踏派の壮麗な詩を七五調を基にした詩形で、象徴派の幽婉な詩にはやや変格を加えた詩形で訳したと断り、原詩の調子に合わせて訳し分けている。序は象徴という詩法を日本の詩壇に紹介する文章でもあり、書は森鷗外に献じられた。カール・ブッセ「山のあなた」やヴェルレーヌ「落葉」の訳で広く知られる。

あらすじ

本書は、イタリア・イギリス・ドイツ・プロヴァンス・フランスの詩人29人の詩57編を収めた訳詩集で、「遙に満洲なる森鴎外氏に此の書を献ず」の献辞を掲げ、日露講和条約の調印後、1905年10月に世へ送り出された。序文で上田敏は、フランス高踏派の壮麗体には七五調を基とした詩形を、象徴派の幽婉体には変格をあえて用いたと述べ、訳詩を単なる直訳ではなく日本語の詩として磨き上げる覚悟を語っている。巻頭のダンヌンツィオ「燕の歌」にはじまり、ハイネ、ロセッティ、ボードレール、マラルメらの名詩が続くなかでも、「山のあなたの空遠く/「幸」住むと人のいふ」とうたうカール・ブッセ「山のあなた」、「秋の日の/ヴィオロンの/ためいきの/身にしみて/ひたぶるに/うら悲し」とうたうヴェルレーヌ「落葉」の二編はあまりにも名高く、原詩を知らぬ読者にも暗誦されて日本語の詩句として生きつづけている。五音・七音を自在に駆使したその訳業は、蒲原有明から北原白秋・三木露風へと続く象徴詩の系譜を開き、日本の近代詩壇に計り知れない影響を与えた。

冒頭部(原文より)

弥生ついたち、はつ燕、 海のあなたの静けき国の 便もてきぬ、うれしき文を。 春のはつ花、にほひを尋むる。 あゝ、よろこびのつばくらめ。 黒と白との染分縞は 春の心の舞姿。 弥生来にけり、如月は 風もろともに、けふ去りぬ。 栗鼠の毛衣脱ぎすてて、 綾子羽ぶたへ今様に、 春の川瀬をかちわたり、 しなだるゝ枝の森わけて、 舞ひつ、歌ひつ、足速の 恋慕の人ぞむれ遊ぶ。 岡に摘む花、菫ぐさ、 草は香りぬ、君ゆゑに、 素足の「春」の君ゆゑに。

「海潮音」上田敏(青空文庫)

末尾部(原文より)

児等よ、今昼は真盛、日こゝもとに照らしぬ。 寂寞大海の礼拝して、 天津日に捧ぐる香は、 浄まはる潮のにほひ、 轟く波凝、動がぬ岩根、靡く藻よ。 黒金の船の舳先よ、 岬代赭色に、獅子の蹈留れる如く、 足を延べたるこゝ、入海のひたおもて、 うちひさす都のまちは、 煩悶の壁に悩めど、 鏡なす白川は蜘手に流れ、 風のみひとり、たまさぐる、 洞穴口の花の錦や。

「海潮音」上田敏(青空文庫)

名文

山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいふ。 噫、われひとゝ尋めゆきて、 涙さしぐみ、かへりきぬ。

カアル・ブッセの詩を訳した「山のあなた」。原詩を離れて愛唱され、翻訳詩が日本語の名文になりうることを示した上田敏の代表訳。

秋の日の ヴィオロンの ためいきの 身にしみて ひたぶるに うら悲し。

ヴェルレエヌ「落葉」の訳。三音・四音で刻む短い行の連なりが原詩の韻律を日本語へ移し替え、翻訳詩の金字塔となった。

時は春、 日は朝、 朝は七時、 片岡に露みちて、 揚雲雀なのりいで、 蝸牛枝に這ひ、 神、そらに知ろしめす。 すべて世は事も無し。

ロバート・ブラウニングの詩「春の朝」の訳。春の朝の情景を短く刻んで重ね、「すべて世は事も無し」と結ぶ訳文は、原詩を離れて日本語の名句として親しまれている。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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