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貉(小泉八雲)のあらすじ・登場人物

紀国坂、夜道に泣く女

  • 怪奇
  • 翻訳

小泉八雲 1904年(明治37年)4月 「書き下ろし」

文字数
1,525字
読了目安
約3分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

小泉八雲の1904年(明治37年)刊『怪談』に収められた短い物語。英語で書かれた原作を、戸川明三が訳した本文である。舞台は東京の赤坂へ向かう紀国坂。街灯や人力車のない頃、濠と長い塀に挟まれたこの道は、日が暮れると人々が遠回りをするほど寂しい場所だったという。語り手は土地の説明から、かつて京橋方面に住んだ商人の体験へ話を移す。ある晩、その商人が坂を急いで登ると、濠の縁に泣いている女がいる。助けが必要ではないかと考え、声をかけるところから出来事が始まる。短い地の文に、人へ呼びかける言葉、返答を待つ間、途切れる発話を組み合わせている。土地の噂を伝える語り口と、一夜の道行きを追う場面とを、少ない人物と会話でつないだ掌編である。

あらすじ

街灯も人力車もない時代、東京・赤坂の紀国坂は日が暮れると人けもなく寂しく、夜おそくこの坂を一人で登る者はいなかった。そこには貉が出るからだという。ある晩、この坂を急ぐ年老いた商人が、濠のほとりでひとり泣きうずくまる若い女を見つけた。上等な身なりの女を哀れに思った商人が声をかけ、なだめようと近づくと、女はやにわに顔をなでおろす――するとその顔には目も鼻も口もなく、ただ卵のようにつるりとしていた。仰天した商人は一目散に坂を駆け上がり、闇の中をひたすら逃げて、ようやく遠くにともる蕎麦売りの灯を見つける。灯にすがりつくように駆け寄った商人が、息を切らして「女に恐ろしいものを見せられた」と訴えると、蕎麦売りは「その見せたものは、こんなものだったか」と言って自分の顔をつるりとなでた。すると蕎麦売りの顔もまた卵のようにのっぺらぼうになり、それと同時に灯火はふっと消えてしまったのであった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 東京の、赤坂への道に紀国坂という坂道がある――これは紀伊の国の坂という意である。何故それが紀伊の国の坂と呼ばれているのか、それは私の知らない事である。この坂の一方の側には昔からの深い極わめて広い濠があって、それに添って高い緑の堤が高く立ち、その上が庭地になっている、――道の他の側には皇居の長い宏大な塀が長くつづいている。街灯、人力車の時代以前にあっては、その辺は夜暗くなると非常に寂しかった。ためにおそく通る徒歩者は、日没後に、ひとりでこの紀国坂を登るよりは、むしろ幾哩もり道をしたものである。  これは皆、その辺をよく歩いた貉のためである。  貉を見た最後の人は、約三十年前に死んだ京橋方面の年とった商人であった。当人の語った話というのはこうである、――

「貉」小泉八雲(青空文庫)

末尾部(原文より)

『へえ! その見せたものはこんなものだったか?』と蕎麦屋は自分の顔を撫でながら云った――それと共に、蕎麦売りの顔は卵のようになった……そして同時に灯火は消えてしまった。

「貉」小泉八雲(青空文庫)

名文

『へえ! その見せたものはこんなものだったか?』と蕎麦屋は自分の顔を撫でながら云った――それと共に、蕎麦売りの顔は卵のようになった……そして同時に灯火は消えてしまった。

物語の結び。のっぺらぼうから逃げてきた商人が、助けを求めた蕎麦屋にまで同じ顔を見せられる二段構えの落ち。短い怪談を一瞬の暗転で締めくくる。

原文を読む

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