小泉八雲の生涯と代表作
異国の目に日本の心
- 生没
- 1850–1904
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略歴
1850年(嘉永3年)、ギリシャのレフカダ島に生まれる。本名パトリック・ラフカディオ・ハーン。アイルランド人の父とギリシャ人の母のもとに生まれ、アイルランド・フランス・アメリカを転々として育ち、新聞記者・文筆家として活動した。1890年(明治23年)に来日し、島根県松江の中学校で英語教師を務めるかたわら、士族の娘・小泉セツと結婚。のち熊本の第五高等中学校で教え、神戸では英字新聞「神戸クロニクル」の論説記者として働いた。東京に移ってからは東京帝国大学などで英文学を講じた。1896年(明治29年)に日本へ帰化して小泉八雲と名乗る。日本の伝統・民話・怪異への深い共感をもって、怪談や随想を英語で著し、『怪談』『心』『知られぬ日本の面影』などで日本文化を広く世界に紹介した。セツが語る昔話や古い日本の書物をもとに怪異の物語を再話し、単なる採録にとどまらない英語の文学作品へと仕上げた。1904年(明治37年)、心臓発作のため東京で没した。享年54。