青年に訴う(クロポトキン)のあらすじ・登場人物
社会に出る若者への呼びかけ
- 社会
- 翻訳
- 文字数
- 20,145字
- 読了目安
- 約40分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
ロシアの無政府主義者クロポトキンが、1880年にジュネーヴの新聞『ル・レヴォルテ』に発表し、のちに論集『一反逆者の言葉』に収めた檄文を、大杉栄が訳したもの。社会に出ようとする若者に向け、医者・科学者・法律家・技術者・教師・芸術家といった職業ごとに、その理想を本気で追えばどこへ行き着くかを問いかけていく。大杉は1907年にこれを『日刊平民新聞』に訳載して入獄しており、訳者の序によれば、ここに収めたのはそれを全面的に書き改め、週刊『労働運動』に連載した新訳である。
あらすじ
語りかける相手は、迷信を脱し、まじめな心を持って実生活に入ろうとする十八から二十歳ほどの青年である。彼らはみな「自分は何になるのか」と自問し、学んだ知識を貧窮と無知に苦しむ人々の解放に役立てたいという理想を一度は抱いたはずだ、とクロポトキンは言う。医者になれば、病の根が貧困と劣悪な住居・労働にあることを知る。科学者は、研究の成果が一部の者の享楽にしか役立たない現実に突き当たる。法律家は、法が富者の財産を守るためにあることを、技術者は機械が労働者を苦しめる道具になっていることを、教師や芸術家もまたそれぞれの場で同じ矛盾を見いだす。どの道を進んでも、誠実であろうとすれば社会主義に行き着き、民衆とともに社会の変革に加わるほかはない、と論を重ねる。さらに労働者階級から出た青年と、労働者階級の女性たちにも呼びかけ、闘いに身を投じた女性たちの勇気を挙げる。最後に青年、婦人、農夫、労働者、職人、兵卒に向けて、圧制に苦しむ者の数がいかに多いかを数えてみよ、その意志さえあれば世界の圧制者を倒し正義を行うことができると訴えて結ぶ。
冒頭部(原文より)
私がいま話そうとするのは青年諸君にだ。だから老人ども――勿論それは頭と心との老人ども――は、こんな本はうっちゃって、無駄に眼を疲らすようなことはしないがいい。 私は諸君を、十八歳か二十歳かに近いものとし、徒弟もしくは学業を終えて、今やまさに実生活にはいろうとするものと仮定する。世間がしきりに諸君に注入しようとした、いろんな迷信から脱け出た頭を持っているものとする。悪魔などを恐れないものとする。牧師どもの長ったらしい御説法などを聞きに行かないものとする。さらにまた、頽廃しかかった社会の悲しむべき産物であるところの、猿のような顔をして短かいズボンをはいて歩道を練って行くところの、そしてまたこんな年齢で、すでに何事をおいてもの快楽の情慾しか持たないところの、かののらくら息子ではないとする。それとは反対に、私は、諸君をごく真面目な心を持っているものとする。そして、それだから私は諸君に話しかけるのだ。
「青年に訴う」クロポトキン(青空文庫)
末尾部(原文より)
われわれが望んでいる、こんな偉大な立派な目的は、とうていわれわれの小さい弱い団体では達し得られるものでない、などと思ってはならない。圧制に苦しんでいるわれわれ平民の数がどれほどあるか数えて見よ。 地主に白米を食わすために、自分は麦を食って働いているわれわれ小作人の数だけでも、数百万の大多数だ。自分はぼろを着て、他人のために絹やビロードを織るわれわれ労働者の数も非常な大多数だ。工場の汽笛が、われわれ労働者にほんのしばらくの休息をゆるす時に、われわれは潮のように道路にも公園にもみなぎりあふれるではないか。号令とラッパで自由に動かされるわれわれ兵卒は、将校に勲章や年金を得させるために弾丸の的となり、われわれ愚かな兵卒は今まで外国の兄弟を殺すことよりほか知らなかった。されどわれわれ兵卒が一度び反抗の声をあげるならば、金モールと羽毛をもっていかめしく着かざっているあの狐のごとき指揮官の奴等は、たちまち尾をたれて消え失せるのである。 日々苦しめられ、罵られ、辱しめられているわれわれ労働者の数は、何人も数えることのできないほどの大多数だ。われわれは何ものをも呑み、何ものをも抱き得る、洋々たる大海のごときものである。われわれにしてあえてこれをなす意志があるならば、世界の圧制者のごときは一瞬にして打殪し、正義を行うことができるのである。
「青年に訴う」クロポトキン(青空文庫)
原文を読む
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