牛肉と馬鈴薯(国木田独歩)のあらすじ・登場人物
理想か、現実か
- 文字数
- 15,880字
- 読了目安
- 約32分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
国木田独歩が1901年(明治34)11月に『小天地』へ発表した短編。のちに作品集『独歩集』などに収められた。舞台は冬の夜の談話会で、集まった男たちが理想と現実を話題にする。現実を重んじる立場を「牛肉」、理想を追う立場を「馬鈴薯」にたとえる設定が題名の由来になる。会話の形で人生観の違いを浮かび上がらせる点に、この短編の趣がある。
あらすじ
冬の夜、芝の明治倶楽部の食堂に六人の男が集い、酒を酌みかわしながら人生を論じている。話はいつしか「理想」と「現実」のいずれを取るべきかという議論になり、一同は現実を尊ぶ「牛肉党」と、理想を尊ぶ「馬鈴薯党」とに戯れに分かれる。かつて北海道の原野に理想を抱いて渡りながら、厳しい現実に打ちのめされて夢を捨てた男は、いまや現実こそ第一だと牛肉党を唱える。一方で、恋も名誉も金も一度は望んだが、それらを手にしても心は満たされなかったと語る者もいる。議論が尽きようとしたとき、それまで黙って聞いていた青年・岡本が口を開く。自分にはたった一つ、どうしても叶えたい願いがあるのだと。一同が固唾をのむと、岡本が打ち明けたのは――富でも成功でも恋でもなく、ただ「この宇宙人生の神秘不思議に驚きたい」という願いだった。平然と生きる人々が当たり前に見過ごしている、生きて存在することそのものの不可思議さに、あらためて驚異の目をみはりたい。理想主義と現実主義のどちらにも収まらぬ岡本の言葉に、男たちは笑いながらも、その顔にひそむ真剣な苦悩を見て取るのだった。
登場人物
- 岡本 宇宙人生の神秘に「驚きたい」と願う青年。理想にも現実にも安住できない
- 近藤 岡本の願いに耳を傾ける友人。彼の言葉の奥にある苦悩を見て取る
- 倶楽部に集う男たち 牛肉党(現実主義)と馬鈴薯党(理想主義)に分かれて人生を論じ合う
冒頭部(原文より)
明治倶楽部とて芝区桜田本郷町のお堀辺に西洋作の余り立派ではないが、それでも可なりの建物があった、建物は今でもある、しかし持主が代って、今では明治倶楽部その者はなくなって了った。 この倶楽部が未だ繁盛していた頃のことである、或年の冬の夜、珍らしくも二階の食堂に燈火が点いていて、時々高く笑う声が外面に漏れていた。元来この倶楽部は夜分人の集っていることは少ないので、ストーブの煙は平常も昼間ばかり立ちのぼっているのである。 然るに八時は先刻打っても人々は未だなかなか散じそうな様子も見えない。人力車が六台玄関の横に並んでいたが、車夫どもは皆な勝手の方で例の一六勝負最中らしい。
「牛肉と馬鈴薯」国木田独歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
「唯だ言うだけのことか、ヒヒヒヒ」 「そうか! 唯だお願い申してみる位なんですねハッハッハッハッ」 「矢張り道楽でさアハッハッハハッ」と岡本は一所に笑ったが、近藤は岡本の顔に言う可からざる苦痛の色を見て取った。
「牛肉と馬鈴薯」国木田独歩(青空文庫)
名文
「喫驚したいというのが僕の願なんです」
理想と現実をめぐる青年たちの議論のなかで、岡本が明かす意外な願い。習慣に慣れきった心を揺さぶり、世界に素直に驚きたいという独歩の思想が込められる。
原文を読む
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