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春と修羅(宮沢賢治)のあらすじ・登場人物

賢治の心象スケッチ詩集

宮沢賢治 1924年(大正13年)4月

文字数
44,732字
読了目安
約1時間29分
表記
新字旧仮名

この作品について

宮沢賢治が1924年(大正13年)に自費出版した、生前唯一の詩集。賢治はこの作品集を「心象スケッチ」と名づけた。「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です」という序にはじまり、岩手の自然と宇宙、科学の語彙と土俗的な想像力とが融け合った独自の詩世界が繰り広げられる。表題作「春と修羅」のほか、最愛の妹トシの死をうたった「永訣の朝」「無声慟哭」など、賢治文学の核をなす絶唱を収める。刊行当時はほとんど顧みられなかったが、いまや日本近代詩の金字塔と評される一冊である。

あらすじ

「心象スケツチ 春と修羅」と題されたこの詩集は、「序」の一篇からはじまる。「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です」——賢治は、自分という存在も、ここに記された風景も、宇宙の巨大な時間の中で明滅する一つの現象にすぎないと歌い、記された風景を「心象スケッチ」と呼ぶ。続く詩篇では、岩手の野山を舞台に、雪や雲、林や鳥、農民の暮らしが、地質学や化学の語彙、宗教的なヴィジョンと入りまじって、鮮烈なイメージのうちに立ち上がる。表題作「春と修羅」で、語り手は四月の光の底を行き来しながら、怒りに満ちた自分を「おれはひとりの修羅なのだ」と見つめる。そして詩集の白眉、「永訣の朝」「松の針」「無声慟哭」の三篇は、死を前にした妹をめぐって、「あめゆじゆとてちてけんじや(雨雪をとってきてください)」と呼びかける声や、妹を思う語り手の悲しみを描く。生と死、自然と自我、科学と信仰が交響する、日本近代詩の記念碑的な詩集である。

冒頭部(原文より)

序 わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です (あらゆる透明な幽霊の複合体) 風景やみんなといつしよに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電燈の ひとつの青い照明です (ひかりはたもち その電燈は失はれ)

「春と修羅」宮沢賢治(青空文庫)

末尾部(原文より)

永訣の朝 けふのうちに とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ    (あめゆじゆとてちてけんじや) うすあかくいつそう陰惨な雲から みぞれはびちよびちよふつてくる    (あめゆじゆとてちてけんじや)

「春と修羅」宮沢賢治(青空文庫)

名文

わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です

詩集「春と修羅」序の冒頭。自分という存在を明滅する一つの照明と捉える科学と信仰の入り混じった宇宙観が、賢治の詩の入口に置かれている。

けふのうちに とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ

妹トシの死の日にうたわれた「永訣の朝」の冒頭。みぞれを取りに走る兄の姿が、賢治の詩でもっとも深い哀切を刻む。

いかりのにがさまた青さ 四月の気層のひかりの底を 唾し はぎしりゆききする おれはひとりの修羅なのだ

表題作「春と修羅」の中心となる詩句。春の光のなかで怒りと苦しみを抱えて歩く自らを、仏教でいう争いの世界の住人「修羅」として描き出す。

さつき火事だとさわぎましたのは虹でございました もう一時間もつづいてりんと張つて居ります

二行だけの短い詩「報告」。火事と見まがうほど鮮やかな虹を丁寧な報告の口調で伝え、驚きとユーモアを一瞬の風景に閉じ込める。

ありがたうわたくしのけなげないもうとよ わたくしもまつすぐにすすんでいくから

「永訣の朝」の一節。死にゆく妹がみぞれを取ってきてほしいと頼んだのは兄を慰めるためだったと悟った賢治が、感謝とともに生きる決意を告げる。

太刀は稲妻萱穂のさやぎ 獅子の星座に散る火の雨の 消えてあとない天のがはら 打つも果てるもひとつのいのち

「原体剣舞連」の結び。岩手に伝わる郷土芸能の剣舞を、稲妻や星座に散る火の雨にたとえて描く。「打つも果てるもひとつのいのち」の一行が、踊りに宇宙的な生命感を与える。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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