和泉式部日記(和泉式部)のあらすじ・登場人物
夢よりもはかなき世の中
- 恋愛
- 古典
- 文字数
- 21,450字
- 読了目安
- 約43分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 京都府
- 滋賀県
この作品について
平安時代中期、和泉式部と帥宮敦道親王の恋を、二人が交わす和歌を中心に、物語ふうにつづった日記。為尊親王を亡くして嘆き暮らす女のもとへ、亡き宮に仕えた小舎人童が、弟宮の敦道親王からの橘の花と歌を携えて訪れたところから、二人の贈答が始まる。宮は夜ごとに女を訪れ、世間のうわさや宮の北の方の不興にも悩みながら、女はやがて宮邸へ迎えられる。長保5年(1003年)頃の4月から翌年正月頃までのおよそ十か月を、女を三人称の「女」と呼び、自らを少し離れた目で見つめる筆で記す。作者を和泉式部自身とするのが通説だが、別人の手になる物語とする説もある。本書は国文大観(丸岡桂・松下大三郎 共編、板倉屋書房、1906年)による原文で、国立国会図書館が公開する底本の画像とOCRテキストを照らし合わせて校正し、収録した。
あらすじ
夢よりもはかなく思える世の中を嘆いて日を送っていた女のもとへ、四月十日あまりのある日、亡き為尊親王に仕えていた小舎人童が訪れ、今は弟の帥宮敦道親王に仕えていると語って、宮からの橘の花を差し出す。女は「薫る香によそふるよりはほととぎす聞かばやおなじ声やしたると」と歌を返し、以来、宮と女は和歌を取り交わすようになる。宮は女のもとを訪れ、夜をともにするが、世間は二人のことをうわさし、女は身のほどを思って思い悩む。宮はたびたび女のもとへ通うものの、ときに文だけで足が遠のき、女は石山寺に詣でて心をなぐさめもする。やがて宮は女を自邸へ迎える決心をし、女は人目を忍んで宮邸に入るが、宮の北の方はこれを不快に思い、邸のなかには気まずい空気が漂う。女御殿(北の方の姉)のもとへ北の方が移るという話も持ち上がり、女はいたたまれない思いで日々を過ごす。日記は、宮が北の方に、女御殿へ移ると聞いたがなぜ車のことを言わないのかと尋ね、北の方がとりあわない場面で終わる。
登場人物
- 女(和泉式部) 作者。為尊親王を亡くした悲しみのなか、敦道親王と恋に落ちる
- 帥宮(敦道親王) 亡き為尊親王の弟。女に和歌を贈り、やがて邸に迎える
- 小舎人童 亡き宮に仕えた少年。弟宮の使いとして女のもとを訪れ、二人の仲立ちをする
- 宮の北の方 帥宮の妻。女が宮邸に迎えられることを不快に思う
冒頭部(原文より)
夢よりもはかなき世の中を歎き侘びつゝ、あかしくらす程に、はかなくて四月十日あまりにもなりぬれば、この下暗がりもていく。はしのかたを眺むれば、ついひぢの上の草の青やかなるも人は殊に目とゞめぬを、あはれにながむる程に、近きすいがいのもとに人のけはひのすれば、誰にかと思ふほどに、さし出でたるを見れば故宮に侍ひしこどねりわらはなりけり。
「和泉式部日記」和泉式部(青空文庫)
末尾部(原文より)
宮おはしませばさりげなくておはす。「まことにや女御殿にわたり給ふと聞くは、など車の事ものたまはせぬ」との給へば、「なにかわれよりとあれば」とてものものたまはず。宮のうへ御文書き、女御殿の御言葉ざしもあらあら書きなしなめり。
「和泉式部日記」和泉式部(青空文庫)
名文
夢よりもはかなき世の中を歎き侘びつゝ、あかしくらす程に、はかなくて四月十日あまりにもなりぬれば、この下暗がりもていく。
為尊親王を亡くした悲しみの中で過ごす日々を綴る書き出し。夢よりもはかない世の中という嘆きから、新たな恋の物語が動き出す。
原文を読む
原文はアプリに収録しています(縦書きで読めます)。底本:丸岡桂・松下大三郎 共編「國文大觀 日記草子部」(板倉屋書房、1906年)所収の「和泉式部日記」。国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている底本の画像と、同館「次世代デジタルライブラリー」のOCRテキスト(パブリック・ドメイン)をもとに、画像と照らし合わせて校正し、和泉式部日記の本文だけを収録した(本文の脇の異本の注記・傍注は省き、変体仮名は通行の仮名に改めた)。旧字は新字に改めた(仮名遣いは底本のまま)。