伊勢物語(作者不詳)のあらすじ・登場人物
むかし、男ありけり
- 恋愛
- 古典
- 文字数
- 25,275字
- 読了目安
- 約51分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
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この作品について
平安時代の前期から中期にかけて、何人もの手が加わりながら形づくられたとされる歌物語。作者はわかっていない。「むかし、男ありけり」で始まる百二十五の短い章段が、和歌を中心に、ひとりの男の元服から死までをたどるように並ぶ。その男は六歌仙のひとり在原業平を思わせ、「源氏物語」では「在五が物語」とも呼ばれている。入内する前の二条の后との忍ぶ恋、后を背負って逃げる芥川、都を離れて東国へ下る東下り、伊勢の斎宮との一夜の逢瀬、幼なじみの夫婦を描く筒井筒、惟喬親王との主従の交わりなどが、歌の詠まれたいきさつとして簡潔に語られる。のちの和歌や能、「源氏物語」をはじめとする物語に大きな影響を与えた。本書は国文大観(丸岡桂・松下大三郎 共編、板倉屋書房、1903年)による原文で、国立国会図書館が公開する底本の画像とOCRテキストを照らし合わせて校正し、収録した。
あらすじ
元服したばかりの男は、奈良の京の春日の里へ狩りに出かけ、垣間見た美しい姉妹に、着ていた信夫摺りの狩衣の裾を切って歌を書き贈る。やがて男は、五条の后の西の対に住む女に心を寄せ、女が姿を消した翌年の梅の盛りに、荒れた屋敷で「月やあらぬ」と詠んで泣く。入内する前の二条の后のもとへは築地の崩れから忍んで通うが、道に番人を置かれ、ついには女を盗み出して背負って逃げる。芥川のほとりの荒れた蔵に女を隠すが、夜のうちに女は鬼に一口に食われてしまう。段末の注では、后を兄が取り返したのを鬼にたとえたのだという。都に居場所はないと思い定めた男は、友と連れ立って東国へ下る。三河の八橋ではかきつばたの五文字を句の頭に置いて都の妻をしのび、駿河の宇津の山では知り合いの修行者に京への文を託し、五月の末にも雪の残る富士を仰ぎ、武蔵と下総の境の隅田川では都鳥に都の人の安否を問う。旅先の武蔵や陸奥でも女との恋がある。井戸のそばで遊んだ幼なじみの男女は大人になって結ばれ、男が河内の高安の女のもとへ通うようになっても、夫の夜道を案じる妻の歌を聞いて、男は妻のもとへ戻る。宮仕えに出たまま三年帰らない夫を待ちわびた妻は、別の男と契ったその夜に夫が戻り、去っていく夫を追って清水のほとりで息絶える。狩の使として伊勢へ下った男は、斎宮と一夜だけ逢い、夜明けの別れに歌を交わす。男は惟喬親王に従って交野に狩りをし、渚の院の桜を詠むが、親王は思いがけず出家し、男は雪の深い小野の里に親王を訪ねて涙する。長岡に住む年老いた母からの歌、息子に頼まれて会ってやった九十九髪の老女の恋など、さまざまな人との歌のやりとりが続き、やがて男は病に臥して、死を前にした歌を詠む。
登場人物
- 男 物語の主人公。在原業平を思わせる歌よみで、「在五中将」とも呼ばれる
- 二条の后 入内する前に男と恋をした女性。のちの清和天皇の女御、藤原高子
- 伊勢の斎宮 狩の使として伊勢へ下った男と一夜だけ逢う斎宮
- 惟喬親王 男が仕えた親王。のちに出家して小野の里に隠れ住む
- 紀有常 男の友人。妻が尼になって去るとき、男と歌を交わす
冒頭部(原文より)
むかし、男、うひかうぶりして奈良の京春日の里にしるよしして狩にいにけり。その里にいとなまめいたる女はらからすみけり。この男かいまみてけり。おもほえずふる里にいとはしたなくてありければ心ちまどひにけり。男の着たりける狩ぎぬの裾をきりて歌をかきてやる。その男しのぶずりの狩ぎぬをなむきたりける。「春日野のわかむらさきのすり衣しのぶのみだれかぎりしられず」
「伊勢物語」作者不詳(青空文庫)
末尾部(原文より)
昔、男わづらひて、心ち死ぬべくおぼえければ、「つひにゆく道とはかねて聞きしかどきのふけふとは思はざりしを」。
「伊勢物語」作者不詳(青空文庫)
名文
むかし、男、うひかうぶりして奈良の京春日の里にしるよしして狩にいにけり。その里にいとなまめいたる女はらからすみけり。この男かいまみてけり。おもほえずふる里にいとはしたなくてありければ心ちまどひにけり。
初段。元服したばかりの男が、奈良の春日の里で姉妹を垣間見て心を乱される。「昔、男」で始まる歌物語の型を決めた冒頭。
月やあらぬ春やむかしのはるならぬ我が身ひとつはもとの身にして
第四段、在原業平の歌とされる名歌。かつての恋人の面影を求め、月も春も変わってしまったのに自分だけは昔のままだと嘆く。
名にしおはゞいざことゝはむみやこ鳥我がおもふ人はありやなしやと
東下りの場面、隅田川で都鳥に問いかける歌。「都」という名を持つ鳥に、都に残してきた人の安否を尋ねる旅情が胸を打つ。
つひにゆく道とはかねて聞きしかどきのふけふとは思はざりしを
物語の最後に置かれた辞世の歌。人は誰もが死ぬとは知っていたが、それが昨日今日のこととは思わなかったという、飾らない実感。
原文を読む
原文はアプリに収録しています(縦書きで読めます)。底本:丸岡桂・松下大三郎 共編「國文大觀 物語部 雜上」(板倉屋書房、1903年)所収の「伊勢物語」。国立国会図書館デジタルコレクションで公開されている底本の画像と、同館「次世代デジタルライブラリー」のOCRテキスト(パブリック・ドメイン)をもとに、画像と照らし合わせて校正し、伊勢物語の本文だけを収録した(本文の脇の異本の注記は省き、変体仮名は通行の仮名に改めた。章段の見出しは収録にあたって補った)。旧字は新字に改めた(仮名遣いは底本のまま)。