十二支考(羊)(南方熊楠)のあらすじ・登場人物
羊は穀物の精霊であった
- 文字数
- 10,706字
- 読了目安
- 約21分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
「十二支考」のうち未年にあたる「羊に関する民俗と伝説」。1919年(大正8年)「太陽」に発表された、連作中でもっとも短い一編である。日本に羊が少なかったため和製の羊の話はほとんどないと断りながら、スウェーデンの飢饉伝説から説き起こし、羊を穀物の精霊とみなすヨーロッパの俗信を紹介して、日本の玄猪神や稲荷信仰と重ね合わせる。
あらすじ
「張り交ぜの屏風ひつじの五目飯」という川柳がある——米も紙も高いこの時節に羊の雑談を書くのは、張り交ぜ屏風を作って羊に食わせるほどの紙潰しではないかと自嘲しながら、熊楠は流行感冒の病み上がりの頭で筆をとる。米高の話から始めよう、といって語られるのは、スウェーデンの大凶年の伝説である。飢饉を免れられぬと知った国民会議は老人と病人をすべて殺すことに決したが、王はその残虐に忍びず神慮を伺った。神は、足で歩まず馬にも車にも乗らず、昼でも夜でもなく、衣を着ず裸でもない美しい素女が王宮に参るなら禍は避けられると告げた——。そこから話は各地の羊の伝説へ広がり、後半は「穀精」の信仰に焦点が移る。マンハールトやフレザーの研究を引きながら、穀物の命は穀物と別に存在し、牛・馬・兎・鹿・綿羊・山羊・狐・鼠などの姿で現れると信じられてきたことを説く。スイスで最後の一束を刈った者を「麦の山羊」と呼び、スコットランドで最後の一束を「跛山羊」と名づける例を挙げ、日本の玄猪神・稲荷神もまた穀精にほかならないと結論する。
冒頭部(原文より)
「張り交ぜの屏風ひつじの五目飯」てふ川柳がある。この米高また紙高の時節に羊に関する雑談などを筆するは真に張り交ぜ屏風を造って羊に食わすほど紙潰しな業と思えど、既に六、七年続き来った『太陽』の十二獣談を今更中絶も如何と、流行感冒の病み上りでふらつく頭脳で思い付き次第に書き出す。
「十二支考(羊)」南方熊楠(青空文庫)
末尾部(原文より)
これらいずれも穀精山羊形で現わると信じた遺俗で、所により穀精と見立てた獣を春になって殺し、その血や骨を穀種と混じて豊穣を祈るあり……山羊と猪の差こそあれ、わが邦の玄猪神に髣髴たる穀精の信念が今も欧州に存しいるので、かかる獣形の穀精が進んでデメテルごとき人形の農神となった事、狐は老翁形の稲荷大明神となったに同じ。
「十二支考(羊)」南方熊楠(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。