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海上の道(柳田国男)のあらすじ・登場人物

日本人は、どこから来たのか

柳田国男 1961年(昭和36年)

文字数
181,977字
読了目安
約6時間4分
表記
新字新仮名
舞台
  • 沖縄県

この作品について

柳田国男が八十六歳、死の前年に刊行した最後の著作。日本人はどこから来たのか——宝貝を求めて黒潮に乗り、南の島づたいに稲を携えて渡ってきたのではないか、という壮大な仮説を、沖縄の民俗と言葉を手がかりに描き出す。学問的な当否をこえて、日本民俗学の到達点にして遺言となった一冊である。

あらすじ

「私は三十年ほど前に、日本人は如何にして渡って来たかという題目について所感を発表したことがあるが、それからこの方、船と航海の問題が常に念頭から離れなかった」——まえがきで柳田はそう書く。日本と沖縄を結ぶ航路は、いまは西海岸を通るが、古くは東海岸が主だったのではないか。遠浅の砂浜が多く、短距離を進んでは船を陸に上げて宿を取ることができたからだ、と。表題作「海上の道」で提示されるのは、大胆な仮説である。南方から黒潮に乗って北上した人々が、宝貝を求めて島づたいに移動し、やがて稲作とともに日本列島へたどりついたのではないか。その痕跡は、沖縄と本土に共通する言葉、竜宮や常世の観念、寄物や寄木の信仰、稲の産屋の習俗のうちに残っている——柳田はそう説く。「海神宮考」では竜宮説話の系譜を、「みろくの船」では海の彼方から幸福が訪れるという弥勒信仰を、「根の国の話」では死者の行く国の観念を、「鼠の浄土」「宝貝のこと」「人とズズダマ」では小さな物と伝承の結びつきを、それぞれ丹念にたどってゆく。椰子の実が寄りつく浜辺、寄鯨、世直し節、与那国の記録——南の海から寄せてくるものすべてに、柳田は日本人の来歴の手がかりを見ようとする。実証の厳密さより構想の大きさが際立つ、最晩年の柳田国男の到達点である。

冒頭部(原文より)

まえがき  私は三十年ほど前に、日本人は如何にして渡って来たかという題目について所感を発表したことがあるが、それからこの方、船と航海の問題が常に念頭から離れなかった。その中の一つで是非ともここに述べておきたいのは、日本と沖縄とを連ねる交通路のことである。

「海上の道」柳田国男(青空文庫)

末尾部(原文より)

 日本の南北の交通は、後に使わなくなった東海岸を余計に使っていたのではないか。古い航海には東海岸の方が便利であった。遠浅の砂浜が多く、短距離を航海しながら船を陸に上げて宿をとり、話がつけば暫らくの間、あがった処に滞在することもできた。

「海上の道」柳田国男(青空文庫)

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