富士(岡本かの子)のあらすじ・登場人物
山の神々の物語
- 文字数
- 40,582字
- 読了目安
- 約1時間21分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
岡本かの子が、富士と筑波の神の古い伝説を題材に、神話の世界の女性の心を描いた作品。美しい山の姉妹神の対立と、そのまわりに生きる平凡な娘の心の動きを描く。
あらすじ
人間も四つ五つの子どものころには、草木のたたずまいを自分に盾突くものと思い、小さな拳を振り上げて争うことがある、と冒頭で語られる。天地もまだ若く、人間も純朴だった時代、自然と人とは、時に激しく闘い、時に肉親のように睦み合った。物語は、福慈の神と筑波の神、そしてその娘の山の祖神の孫娘をめぐって展開する。孫娘は、偉大な山の祖神の嫡孫として育てられるが、自分は平凡な「屑の女」と思い、理想を持たずに日々働く。祖父が猪に襲われて果てたという、偉大でない側面に親しみを感じてゆく。結びには、男に別れを告げる女と、万葉風の二首の歌が置かれる。
冒頭部(原文より)
人間も四つ五つのこどもの時分には草木のたたずまいを眺めて、あれがおのれに盾突くものと思い、小さい拳を振り上げて争う様子をみせることがある。ときとしては眺めているうちこどもはむこうの草木に気持を移らせ、風に揺ぐ枝葉と一つに、われを忘れてゆららに身体を弾ませていることがある。いずれにしろ稚純な心には非情有情の界を越え、彼と此の区別を無みする単直なものが残っているであろう。
「富士」岡本かの子(青空文庫)
末尾部(原文より)
陽が西に沈むにつれ山は裾から濃紫に染め上って行く、華やかにも寂しい背光に、みるみる山は張りを弛めて、黒ずみ眠って行く。なお残る茜の空に一むれ過ぎて、また一むれ粉末のまだら。無関心の高い峯の上を、その鳥群のまだらだけが愛を湛えて、哀しい大空にあたたかい味を運んで行く。 今度女が来たとき男はいった。 「あの山を越す哀しい鳥の数も数え尽した」 「もう、いいわ、じゃ、ね」 さぬらくは玉の緒ばかり恋ふらくは不二の高嶺の鳴沢のごと 駿河の海磯辺に生ふる浜つづら汝をたのみ母にたがひぬ
「富士」岡本かの子(青空文庫)
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