寒山拾得縁起(森鴎外)のあらすじ・登場人物
子供の問いから生まれた話
- 文字数
- 1,123字
- 読了目安
- 約2分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
1916年(大正5年)1月の日付をもつ短い文章。歴史小説『寒山拾得』を書いたいきさつを、子供とのやりとりをまじえて記す。子供が寒山詩の広告を見て「どんなことが書いてあります」と尋ねたので、床の間にかけてあった画の寒山・拾得の話をしたところ、文殊・普賢の化身という話や、メシアと名乗る人の例にまで問答が及び、説明に窮したという。その話をほとんどそのまま書いたのが『寒山拾得』で、参考書を一冊も見ずに書いたと断っている。
あらすじ
徒然草に、最初の仏はどうして出来たかと問われて困ったという話があるが、子供に物を問われて困ることはたびたびで、とくに宗教上のことは答えにくい。寒山詩が活字本で出されるという広告を見て、子供が買ってほしいと言い、「どんなことが書いてあります」と尋ねた。筆者は、床の間にかけてあった画の二人が寒山と拾得で、寒山詩は寒山の作った詩だと答える。子供が、その寒山や拾得はどんな人かと問うので、筆者は寒山拾得の話をした。ちょうど何か一つ話を書いてほしいと頼まれていたので、その話をほとんどそのまま書いたのが『寒山拾得』である。子供はこの話に満足せず、寒山が文殊で拾得が普賢だという説明にも納得しなかったため、筆者は、自らメシアと名乗る宮崎虎之助の例まで持ち出して説明するが、これも通じなかった。最後に、筆者は子供に「実はパパアも文殊なのだが、まだ誰も拝みに来ないのだよ」と言う。
冒頭部(原文より)
徒然草に最初の仏はどうして出来たかと問われて困ったというような話があった。子供に物を問われて困ることはたびたびである。中にも宗教上のことには、答に窮することが多い。しかしそれを拒んで答えずにしまうのは、ほとんどそれはだというと同じようになる。近ごろ帰一協会などでは、それを子供のために悪いと言って気づかっている。
「寒山拾得縁起」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
子供には、話したあとでいろいろのことを問われて、私はまたやむことを得ずに、いろいろなことを答えたが、それをことごとく書くことは出来ない。最も窮したのは、寒山が文殊で拾得は普賢だと言ったために、文殊だの普賢だののことを問われ、それをどうかこうか答えるとまたその文殊が寒山で、普賢が拾得だというのがわからぬと言われたときである。私はとうとう宮崎虎之助さんのことを話した。宮崎さんはメッシアスだと自分で言っていて、またそのメッシアスを拝みに往く人もあるからである。これは現在にある例で説明したら、幾らかわかりやすかろうと思ったからである。 しかしこの説明は功を奏せなかった。子供には昔の寒山が文殊であったのがわからぬと同じく、今の宮崎さんがメッシアスであるのがわからなかった。私は一つの関を踰えて、また一つの関に出逢ったように思った。そしてとうとうこう言った。「実はパパアも文殊なのだが、まだ誰も拝みに来ないのだよ」
「寒山拾得縁起」森鴎外(青空文庫)
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